「大丈夫?」

 私は体を縮こまらせながら、頷いた。背中に回される『ヴィクトル様』の手が温かい。勇気を持って見上げると、安堵した表情と共に、笑顔を向けられた。

 良かった。これで合っていたんだ。

 ホッとしたのも束の間、『ヴィクトル様』はそっと、私を同じところに座らせてくれる。と同時に、離れていく距離。途端、私は寂しいと感じてしまう。
 多分、『ヴィクトル様』に優しくされたからだ。もう、随分となかったことだから、余計にそう思ったのかもしれない。

 けれど次の瞬間、私は再び『ヴィクトル様』から信じられない言葉を聞かされることになる。

「確認なんだけど、君はリゼット、でいいのかな?」
「っ!」

 思わずギュッと目を(つむ)る。
 五歳の頃からずっと共にいたのに、私を認識できないなんて……。婚約破棄を言い渡された時よりも、悲しかった。

 悲しくて悲しくて、顔を両手で覆う。けれど涙は出なかった。泣かないと決めていた習慣が、まだ残っていたなんて。それさえも悲しさに消えていった。