それは錯覚ではなかった。
 自宅に戻ったユベールは、ずっと不機嫌な顔をしていたからだ。
 作業台に荷物を置く時も、食事を作っている時も。そう、食べている時でさえも。

 そんな顔を私には見せたくないのか、一日の工程を済ませると、すぐに作業台の方へと姿を消していく。
 一応、帰宅直後は鞄から私を出してくれたけど。何だか、避けられているようで辛かった。

「ユベール……」

 そっと呼びかけても、答えは返って来ない。まるで、百年前に戻ったような気分だった。

 あの時も、部屋でヴィクトル様の名前を何度、呼んだことだろう。けして答えてくれることのない場所で、呼び続けた日々。

 けれど今は、広い屋敷の一室にいるわけではない。狭い家のリビングにいるのだ。作業台もリビングと繋がっていて、仕切りがない。

 だからユベールの耳に、私の声は届いていても不思議ではなかった。それなのに、返事がない。

 聞こえないと分かっていて呼ぶ時よりも、何倍も堪えた。たとえ私が原因ではないと分かっていても……。