エステイアが継ぐパラディオ伯爵家は代々、聖女を輩出する家だ。
 少なくとも百年に一度ほどの頻度で出る。

 近年では前女伯爵だった母カタリナが聖女本人だった。
 そして聖女の娘は二分の一の確率で聖女になる。
 一応、エステイアも教会から聖女認定されていた。

 父テレンスは子爵家の出身だが、王家の遠縁だ。聖女の一族に王家の血を混ぜるため両親は政略結婚させられている。

 聖女の母が生きているうちはまだ良かった。
 だがエステイアが八歳のとき母が亡くなった。
 エステイアが成人するまでの代理伯爵となった父は、それまで婿養子に甘んじて大人しくしていたのが嘘のように、伯爵家で好き勝手に振る舞うようになった。

 次期女伯爵のエステイアの婚約を勝手に決めたことなど、最たるものだ。

思い出す前の私(エステイア)には王都の学園で好きだった男性がいたのよね。相手のほうが身分が高かったからそれこそ必死で〝攻略〟してた」

 隣国の王弟で、幼馴染みの友人ではあった。初恋の人だったのだ。
 最終学年になり、卒業間近。さあ告白するぞ! と息巻いていたら、いきなり実家の父親から連絡が来て「お前の婚約が決まった」ときたものだ。

 エステイアの成就しかけた初恋を台無しにした婚約者は、あの通りの女好きのクズ男、モリスン子爵令息アルフォート。
 しかも父テレンスの実家の親戚。ということは彼もまた王家の遠縁なわけだ。いくらこちらが伯爵家で相手が子爵令息でも断るのは難しかった。

 そして、カフェで女連れの婚約者から頬を叩かれる暴力を振るわれたことと、それを理由にしてすら婚約破棄を認めなかった父親に、エステイアはついに見切りをつけた。

 それが頭を打って意識を失う寸前のエステイアの決意だった。



「強いショックで前世を思い出したってことね。……いたた、それにしても痛い」

 父テレンスは結局、娘が目を覚ましたと聞いても見舞いにも来ない。
 エステイアが倒れた後、逃げるように領地内の愛人宅に行ってそれっきりだと侍女が報告してくれた。

「手持ちのお金が侘しくなったらまた戻ってくるんでしょうけど」

 執務はほとんど家令任せだが、最低限の領地の管理だけはしている。そのため伯爵代理としての報酬は毎月父に支払われているのだ。