「確か学園編が終わって、卒業後に伯爵領に戻って伯爵家を継ごうとしたら領地で災害や魔物被害が起こってそれどころじゃなくなった。……ってところまでプレイしたんだっけ。ちょうど土日の休みだったから……」

 日曜の夕方、次の週の買い物を忘れていたことを思い出して、近所のスーパーへ出掛けた帰り道。

 大通りの信号で、子連れの若いママさんたちが世間話に興じていた。
 手を繋いでいたはずの二歳児ぐらいの小さな男の子が、よちよちと赤信号を渡ろうとしているところに出くわした。

 「お母さん、お子さんが危ない!」と叫んでミナコは思わず男の子を追ってしまったのだ。

 その後はお察しだ。
 幼児は無事だったが、子供を助けたミナコは突進してくる外車に跳ね飛ばされてしまった。



「ぶつかった、と思った瞬間から記憶がない……気づいたら私は今ここにいる……。まさか、本当に〝異世界転生〟なんてものがあるなんて」

 ミナコに『乙女☆プリズム夢の王国』の復刻を教えてくれた若い同僚たちは、最近の流行りのラノベやアニメにも詳しかった。

 異世界転生は、文字通り現実から違う世界に輪廻転生して別の人間になる設定のことだ。
 前世の記憶をそのまま今世に持ち越すことが多いという。

「乙女ゲーム世界に転生するのも人気だって聞いてたけど、まさか自分がだなんて……いたっ」

 うつ伏せのまま身動きしようとすると、後頭部に激痛が走った。
 父親にぶつかられて、倒れて打った場所だ。
 恐る恐る手で触れてみたが、傷ができている感じはない。ただ大きなコブができていて、その痛みだ。

「ミナコだった前世の記憶がある。エステイアとして生まれて生きてきた今日までの記憶もある。……大丈夫、混乱はしてない。だけど一番の問題は……」


『ミニゲーム! 照れ照れテレンスの確変パズル~♪』


「前世の推しキャラが、実の父親って……」

 しかも攻略対象ですらない、本編の案内役のお助けキャラだ。

 本編では天使のような巻き毛と薔薇色の頬の小柄な美少年だったが、二十数年後の現在はアレだ。
 西洋絵画に描かれていそうな美男子になっていたが、実の娘に八つ当たりして怪我を負わせるような見事なクソ男と化していた。

 本編ではテレンス君と呼ばれていたモリスン子爵令息テレンスは、メイン攻略対象のアーサー王太子の遠縁で、学園では身の回りの雑用をこなすお世話役を担っていたキャラだ。

 プレーヤーが選んだヒロインのお助けキャラでもあり、ゲームのセーブや、ステータス増減効果のあるミニゲーム担当だった。

 子爵令息とはいえ王家の遠縁なので、性格は王太子の虎の威を借る、高慢な生意気キャラ。
 けれどゲームを進めていって、ミニゲームの代価であるお菓子を渡し続けていくと少しずつ態度が軟化していくツンデレキャラだった。

「テレンス君に渡すお菓子のためだけにゲーム内でお金を稼いでいたと言っても過言じゃなかったわ」

 そのテレンス君、いやパラディオ伯爵代理テレンス卿と、次期女伯爵になる娘のエステイアが、なぜここまで拗れたのだろうか?