「何て瘴気の濃さだ。あれをまともに食らったら、気がおかしくなっても不思議はないぞ!?」

 黒竜がエステイアたちの匂いを嗅ぎつけて洞窟の入口まで来てしまった。

「げっ。こんなにデカくて魔力も大きいのか、無理!」
「お前、〝竜殺し〟じゃなかったのかヨシュアー!?」
「せ、せめて少し弱らせてくれたら」

 お助けキャラ枠のはずのヨシュアが焦っている。

 入口に対し巨体のドラゴンは中まで侵入してこれない。
 だが瘴気を放つ黒竜は獰猛に唸りながら、大口を開けて鋭い牙を見せつけてきた。

 口の中に魔力の塊が集積していくのが見えた。

「防御……いや伏せろ!」

 切迫したヨシュアの叫びとほぼ同時に黒竜が洞窟の中に向けて咆哮を放った。
 衝撃と瘴気に息が詰まる。

(く、苦しい!)

 崩落する岩盤の向こうに、必死な顔でこちらに腕を伸ばしているカーティスや、ヒューレットに庇われているサンドローザ王女が見えた。

「エステイア」

(せ、ドリック……?)

 強い力で抱き込まれるのがわかった。
 そのまま岩が落ちる轟音と地面に叩きつけられる衝撃で、エステイアは耐えられず意識を失った。



「イタタ……参ったなあ。いくら瘴気に侵されてるとはいえ、綿毛竜(コットンドラゴン)があんなに凶暴になるなんて」

 聞いてないよ、とブツクサ言いながらヨシュアは辺りを見回した。

 黒竜の放った咆哮の衝撃波は洞窟内の岩盤を崩落させ、中にいた者たちを襲った。

「咄嗟に魔法樹脂で身は守ったけど。真っ暗か」
「おい、無事か!?」
「カーティス、君こそ!」

 ぽう、と闇の中に小さな炎が浮かぶ。火の魔力持ちのカーティスが出した炎だ。

「無事だけど、他の人たちはどうなんだろう。オレ、探索スキル持ってないから心配だなあ」

 不安は他にもある。カーティスが灯している炎が少しも揺らぎを見せていない。空気が流れていない証拠だ。

「こりゃあヤバいね。早く脱出しないと酸欠で死んでしまう」

 少しでも岩を退かして空気穴を作らねば。

「安心しろ、他の連中も無事だ」
「ん?」

 聞き覚えのない声がしたと思ったら、カーティスとヨシュアの後ろの岩が崩れて、二人の男が現れた。
 濃いミルクティ色の癖毛と緑色の瞳の男がテレンス、金髪青目の若い青年がアルフォートだ。

「テレンスおじさん!? あんたまで何でここに!」
「えっ。エステイア嬢のクズ父親の!?」
「誰が屑だ!」
「「「いや、あんただろ」」」

 アルフォートまで一緒になって突っ込んでいた。
 ここにエステイアがいたら「あなたもでしょ」と突っ込まれるだろうことは棚上げして。

「お前たちまで聖杯探しに来るとは。くそ、やはり数が多いパーティーのほうが登るのが早いな」

 ぶつぶつ呟くテレンスにカーティスが食ってかかった。

「他の連中って、分断されたエステイアたちも無事なんだな? どこにそんな保証があるんだよ!」
「私は風の魔力持ちだぞ? 空気の流れに魔力を乗せて洞窟内を探索することなど訳もない!」
「今さらそんな有能ムーブかまされてもなあ……」

 娘のエステイアを助けに来たのだろうか?
 あれだけ親子仲を拗らせておいて、どのツラ下げて。と昔から彼を知り、事情があることを聞いていたカーティスでも思った。

「アルフォートとサンドローザ王女の不貞のせいで計画は台無しだ。まあいい、話は後だ。これを見ろ」

 テレンスが地面に石でガリガリと何やら描き始めた。
 この洞窟内の簡易な見取り図のようだ。

「いま私たちがいるのがここ。聖杯から離れてしまったな」

 洞窟の崩落時、各自で聖杯のあった祭壇付近から避難しているためだ。
 今、テレンスたちがいるところは、テレンスとアルフォートが岩を崩してやってきたため、男四人が集まっても余裕がある。空気の流れもそれで確保できた。

「探索スキルを使った結果、エステイアと隣国王弟はここ」
「一番、聖杯に近いな」
「王女と婚約者はここ」
「反対側かあ。……あれ?」

 今現在、自分たちがいる場所を挟んで、岩で隔てられた隣にエステイアたち。
 本体側にサンドローザ王女たちだ。

「よ、良かった。すぐ近くにあいつらいるんだな。なら岩さえ退ければ」

「………………」

「待って。何か話し声が聞こえる」

 テレンスが描いた洞窟内の見取り図によれば、サンドローザ王女と婚約者ヒューレットが閉じ込められた空間からだ。

 王女たち側の岩の壁を見つめていたテレンスはしかめっ面になったが、指先から細い糸のような風の魔力を伸ばして、岩の隙間から隣の空間に魔力を流した。

 すぐに、姿の見えないサンドローザ王女とその婚約者ヒューレットの会話が小さく聞こえてきた。

『あたしに文句ぐらいあるでしょ。このアバズレ女って罵ればいいじゃない!』

 どうやら隣では修羅場が始まっているようだ。