今だけは、の条件でエステイアはサンドローザ王女と休戦することにした。
 親友ではあったが、それはそれ、これはこれ。
 怒っていたセドリックも何とか宥めて、他の男たちにも婚約破棄の責任追求は後回しにしてくれるよう頼んだ。



 見て、とサンドローザ王女に促されたのは、洞窟の奥の岩を利用した祭壇に安置された聖杯だった。

 聖杯はいわゆる口広型の脚付きの金属杯だった。サイズは一般的なゴブレットほど。
 くすんだ金色で、脚の部分から杯の底の部分にかけて苔むし、ヤドリギに似た寄生樹の細い枝が絡みついている。

 杯の真上、数センチほど上に結晶状の魔石が浮いている。
 伝承にある通りの外見だ。
 ただしエステイアたちが習った知識での魔石は真白く輝いているはずだったが、今の魔石は半分以上が黒く染まっている。

『……す、……か……』

「何か変な声がしない?」
「よく耳を澄ませてみて。声はその聖杯から聞こえてるみたい」

 どうやら山頂の黒竜の瘴気が〝声〟の邪魔になっているらしい。

「ふむ、魔力を補えば良さそうだな。皆、少し離れて」

 ヨシュアが触れるなり、苔むした聖杯はあっという間に魔力で創られた透明な樹脂で四角く氷のように封印された。
 そのまま見ていると透明な樹脂はゆるゆると揮発して聖杯に吸い込まれていった。
 完全に樹脂が消えたとき、くすんだ色をしていた聖杯は金色の輝きを取り戻していた。

『聞こえ……ますか。私はヒナコ。乙女ゲーム、乙女☆プリズム夢の王国の原作者です』

「ヒナコって」

 エステイアとサンドローザは顔を見合わせた。

「まさか、あたしたちがいた世界の学校の学長先生!?」
「待って、原作者ってどういうこと? 学長先生は乙プリのマナー監修だけだったはず」

 聖杯からの声は続いている。

『聞こえますか……この声が聞こえた方は『聞こえた』と返事をください。私はヒナコ。乙女ゲーム、乙女☆プリズム夢の王国の原作者です』

「「聞こえてます、学長先生!」」

 エステイアとサンドローザが声を合わせて答えると、聖杯が鈍く光って、浮いていた魔石の上に小さな人の姿がホログラム映像のようにかすかに発光して映し出された。

 初老の紺のスカートとジャケットのスーツ姿の女性だ。
 小柄で、ショートボブの髪は半分白髪になっている。だが穏やかな表情の優しそうな婦人だった。

「「ヒナコ先生!」」

 間違いない。前世のミナコが通っていたお嬢様学校で当時、中等部と高等部の学長を兼任していた教師だ。