夜はできるだけ移動せず山小屋で一晩を明かした。
 小屋の中に最低限の食料や設備があるので慌てずに済んだのは幸いだった。

(男性陣が小屋の外で夜明かしするって言い張るのを説得するのは骨が折れたわ)

 紳士で大変よろしいことだが、先がどれだけあるかわからないのに、まだ山に入った序盤から徹夜をさせるわけにはいかなかった。

 簡単に保存食の朝食を済ませて山脈の上を目指していった。
 途中に集落や小屋がいくつかあるので、適度に休憩しながら進めるのは助かるところだ。

 特にエステイアは子供の頃から領主だった母親に連れられ山脈の主要ポイントを把握している。

 だが黒竜の瘴気に刺激された魔物が襲ってきて探索は容易ではなかった。
 山頂を目指して上に向かうほど、瘴気をまとった魔物たちも強くなってくる。

 持てるだけ各自で持参していたポーション類の消耗も激しく、この調子では山頂に到着する前に枯渇しかねなかった。

「不味いわ。今日の陽のあるうちに聖杯まで辿り着けなかったら一回戻って態勢を立て直したほうがいい」

 男たちも反論はないようだった。それぞれホームでは将校の訓練を受けた者たちだ。撤退の重要性は理解している。

「エステイア、大丈夫か。こんな強行軍はさすがにキツいだろう?」
「ええ。でも次の山小屋が最後だからせめてそこまでは」

 狼の魔物の群れを一部倒し、残りは蹴散らした後で皆で一時休憩していた。
 だがそこで樹木の影から様子を窺っていた個体に気づかなかったのは、疲労で注意散漫になっていたせいだ。

「エステイア、後ろ!」
「!?」

 防御が間に合わない、と誰もがエステイアの大怪我を覚悟したとき、エステイアに牙を剥こうとした狼の眼に透明なナイフが突き刺さった。

 キャウッ

「誰だ!?」

 ナイフを投げてエステイアを助けた人物は旅装用のグレーのローブ姿の男だった。

 二弾、三弾とナイフを投げつけられて、狼は犬が打擲されたような甲高い鳴き声をあげて逃げていった。

「た、助かりました。あなたはいったい?」

 誰なのか、とエステイアがセドリックに庇われながら問いかけると、フード付きのローブを羽織った男はふらふらとよろめいて、膝をついたかと思えば地面に倒れ込んでしまった。

「み、水を……」
「水? ひ、ヒューレット君、お願い!」

 今回のメンバーの中では唯一の水の魔力持ちだ。
 呼ばれて、離れたところで別の魔物と戦っていたヒューレットが片付けて急いで戻ってきた。

「この人は?」
「わからないわ。私を助けてくれたはいいけど、急に倒れちゃって」

 荷物から携帯用のカップを取り出してヒューレットに魔力で水を出してもらい、ローブ姿の青年を助け起こして持たせてやった。

「大丈夫ですか? 自分で飲めますか?」
「あ、ありが……と……」

 カップを受け取る手がカサカサに乾いている。ローブのフードから覗く唇もすっかりひび割れて痛そうだった。

 水を一気に飲み干し、空になったカップにヒューレットが更に三回水を満たしてようやく男は落ち着いた。
 ふう、と満足げな溜息を吐いてカップをエステイアに返してきた。

「た、助かった……感謝する。まさか人生で二度も干物になりかけるとは思わなかったよ」

 言って男がローブのフードを外した。



「!???」

 フードの下から現れた男の麗しい顔に、全員が思わず見惚れてしまった。

 青みがかった透き通るような銀髪。白い肌。僅かに緑がかった薄い水色の瞳。
 その瞳の虹彩には銀の花が咲いたような無数の花弁の模様があった。前世のミナコの世界ならアースアイと呼ばれる瞳だ。

(お父様と張るレベルの美しい男の人だわ。すごい)

「まさか、あなたはアヴァロン山脈の仙人アヴァロニス様ですか!?」
「ん?」

 ヒューレットが彼には珍しい上擦った、はしゃいだ声を出している。
 そうだ、このような秘境に居るにはあまりにも非日常的な男すぎる。

 だが麗しの青年は両肩をすくめて否定した。

「生憎だけどオレはただの旅人だよ。悪い魔女に大切なものを奪われて取り戻す最中だった。山の中でずっと迷っていたんだ。君たちは?」

 彼が言うには、その悪い魔女なる者を追っているうちにここアヴァロン山脈に迷い込み、何日も出られず食料も水も無くなって死を覚悟したところでエステイアたちに遭遇したとのこと。

「ここはプリズム王国の聖域です。外から来た者は自然と追い返されるようになってるはずですが……」
「あんた、よっぽど魔力高いんだろ。聖域のセキュリティを上回る魔力のせいで、引き返せない・出られないの袋小路に嵌まっちまったんだ」

 山脈近くの領地のエステイアとカーティスが説明すると、青銀の髪の麗しの青年はがっくり項垂れた。

「そういうことか。くそ、低い幸運値が恨めしい」

 何やら憎々しげに呟いていた。



 青年はヨシュアと名乗った。
 プリズム王国とは遠く離れた異国出身の貴族当主と自己紹介したが、今は事情があって人を探しながら世界中を旅しているのだそうだ。

 エステイアたちと同年代のまだ二十代前半のようだ。

 山脈を出るまで同行させてほしいと言うのでエステイアは了承した。
 先ほど狼を撃退した腕といい、戦える人間は多いほど助かる。

「君たち随分と消耗してるみたいだけど。見た感じ旅人や冒険者でもなさそうだ。事情を聞いてもいいかな?」

 彼からそう訊いてきたので、特に悪人でも無さそうだと判断したエステイアたちは互いに情報交換した。

 エステイアたちが食料や水はあるが既にポーション類が切れかかっていると伝えると、ヨシュアは自分の荷物の中から布の巾着に入った個包装の飴玉を取り出してきた。

「オレの家は魔法薬の生産をしててね。持ち運びに便利な固形ポーションなんだ。少し分けてあげるよ」

 包み紙を開くと出てきたのは、驚くほど透明な丸いキャンディだった。中にはドライフルーツや生花の花弁が入っている。
 味は前世で飲んだスポーツ飲料に似ていた。ほんのりグレープフルーツ系の甘酸っぱい味だ。

 だが驚いたのは、口に入れてすべて舐め終わった頃には消耗していた魔力が全回復していたことだ。

(こ、この人まさか……乙プリ特典ストーリーのシークレットキャラ!?)

 あるいはお助けキャラ枠と思われた。