明日が結婚式だが、エステイアが行う準備などは特にない。

 ドレスや宝飾品はとっくに準備できているし、婚約者のアルフォートは衣装合わせすら顔を出さなかったから全部エステイア側で済ませている。

 式は伯爵家の敷地内にある祭儀場だ。明日は屋敷から移動するだけ。
 昼前に教会司祭のもとで婚姻の儀を執り行い、婚姻届に新郎新婦でサインする。

「どうやってその後の誓いのキスを避けようかしら。……あ、司祭様に話を通しておきましょう。上手くスルーしてくださいって」

 後は屋敷内に戻って、参列者たちと昼食会を兼ねたパーティーを行い、解散。
 所要時間は三時間ほどだろうか。

「………………」

 自室に飾ってある純白のウェディングドレスをちらりと見た。
 領内の仕立て屋が一年がかりで仕上げてくれた、フリルとレースたっぷり、見事な刺繍の入ったドレスである。

 だが本当なら母カタリナが遺したドレスやティアラのセットがあるのだ。
 デザインは流行り廃りがあるから生地を分解して、自分好みにカスタマイズできる状態で保存してあった。

 スカート部分に、花で飾られたパラディオ伯爵家の紋章が銀糸で刺繍されたウェディングドレスで、いつか大好きな人と将来を誓い合う。

 子供の頃からの夢は無惨にも打ち砕かれた。明日、結婚する男は大好きどころか嫌悪の対象だ。
 そんな男との結婚式に、大事な母親の形見のドレスを着るなど、とんでもない。



 婚約者アルフォートは夕食の席にも出てこなかった。まだ部屋で、誰かもわからない女と一緒なのだろう。

「明日の婚儀を前に緊張しているんだろう。休ませてやりなさい」

 父テレンスは一週間前から屋敷に戻ってきていて、機嫌が良い。
 エステイアに怪我をさせたことなどすっかり忘れているようだ。

「これでこのパラディオ伯爵家も安泰だ。私もなかなか結婚しなかった心配の種(むすめ)が片付いて肩の荷が下ろせるというもの」

 カーティスやセドリック、他の客たちも微妙な雰囲気を感じ取っているようで、会話は少なかった。

 そもそも、今は国内で瘴気被害が拡大している時期で、本来なら結婚は更に延期して対応に回るべきなのだ。
 実際にエステイアは学園を卒業してから五年間に渡ってアルフォートとの婚儀を延期に延期を重ね続けてきている。

 だがついに今年に入って、父テレンスが婚儀の日取りを強制的に決めてしまった。
 日程をエステイアに確認することなく王家に報告されていて、知らされたときにはもう遅かった。

(正直、逃げたい)

 今から憂鬱で、食事の味もよくわからない状態だった。

(アルフォートも、我が家に女を連れ込むぐらいなら勝手に駆け落ちでもしてくれたらいいのに)

 どういうわけか、あの性格の悪い婚約者は気に入らないと言いながらもエステイアとの婚約を破棄だけは結局しなかった。

 以前カフェでエステイアを脅してきたことといい、なぜアルフォートが自分に対してああも優位に立つかのような言動を取っているのか。
 そこもわからないことの一つだった。

(この婚姻に何の意味があるの? お父様が王家の遠縁だからプリズム王家との縁はそれで結ばれたはず。更にお父様の甥のアルフォートと結婚したからといってそこまでメリットはないのに)

 エステイアは伯爵家、アルフォートは子爵家。相手側は婿入りで属する家の爵位が上がる。
 アルフォート側には好きでもないエステイアと結婚して得られる得はそれだけだ。
 パラディオ家の伯爵位はエステイアが継承したし、家や領地の実権もエステイアのものだ。アルフォートのような問題の多い男には何も任せられない。

 進まない食事を早々に切り上げ、エステイアは来客たちに挨拶だけして食堂から部屋に戻った。
 明日は婚儀で花嫁のエステイアは早起きが必要だ。

 それにアルフォートとの関係は婚儀の〝後〟からが本番。こんなところで気力を使い果たす余裕はなかった。