同じく課金で解放されるBLモードはスタート画面で赤い薔薇のアイコンに、タイトルは『王太子の思惑』。
 赤薔薇は乙女ゲームの舞台であるプリズム王国の王家の象徴でもある。

 本編のメイン攻略対象、アーサー王太子視点のノベルゲームとなっている。

 登場人物の名前や世界観の設定でわかるように、『乙女☆プリズム夢の王国』はイギリスの騎士道物語のアーサー王伝説がベースになっている。

(ただし、そのわりに細かいところで設定が甘いのよね)

 例えば、アーサー王伝説を知っていれば、ランスロットというキャラが登場したら「こいつは主君(アーサー)の婚約者を奪うよな」とすぐピンと来る。
 オマージュ元の原典だとランスロットは忠誠心の高い騎士だが、アーサー王の妃ギネヴィアを奪って逃走する寝取り男なのだ。

 けれどゲーム本編の攻略対象ランスロットはふつうにアーサー王太子の友人だし、ギネヴィアは奪われるのではなく最初からランスロットの婚約者だ。

 だが、彼はヒロインのロゼットに心酔して婚約者のギネヴィアを捨ててしまう。
 このギネヴィアは本編では隣国カルダーナの王女で、婚約破棄は大問題となる。

 彼女は婚約破棄後は生涯独身を貫くが、父の庶子である異母弟セドリックをとても大事に可愛がっている。

 というのが特典ストーリーでの設定だが、実際はギネヴィア本人の不貞の子だ。ただし元婚約者との。

 ランスロットに一方的に婚約破棄されても諦めきれなかったギネヴィアは、魔女に秘薬を授けられて一晩だけランスロットを自分の思いのままにできた。
 その夜に結ばれた二人の息子が隣国カルダーナの王弟セドリック。エステイアの本命である。



 BLモード『王太子の思惑』では、このようなアーサー王太子の側近たちの出来事が、彼視点で語られている。

 建前ではイフストーリーとなっているが、百合モードと同じで本編の番外編の位置付けだろう。

 また、本編ではロゼットと少しずつ関係を深めて真実の愛を実らせた金髪青目の美形テンプレ王子様だった彼が、実は次期国王らしい策略家であることが明かされる。

 聖女候補のダブルヒロイン、ロゼットとカタリナどちらを最終的に選ぶか。
 常に自分の正妃候補として見定めている。

 どの選択がより大きな利益へと繋がるか、冷徹に比較している様子が、本編の出来事の裏で語られていく。



 だが、そんなアーサー王太子もまだ十代後半の若者だ。
 次期国王の重責で押し潰されそうになることもある。

 BLモード『王太子の思惑』は、本編開始前の時間軸のアーサー王太子の悩みからスタートする。

 そんな彼が、遠縁の年下の少年を自分の世話役にしたいと言った我が儘を、父王は許した。
 それがエステイアの父となるモリスン子爵令息のテレンス君だ。

「ああ、ああ、この辺りで前世でプレイしてたとき、イヤな予感がしたのよねえ~」

 BLモードの主だったストーリーを書き出したノートを見返しながら、エステイアは嘆息した。
 前世のミナコはこの辺の展開を、スマホのゲーム画面を薄目で恐る恐る見ていた記憶がある。

 ところが肩透かしだ。
 BLモード『王太子の思惑』では、別にアーサー王太子がテレンス君を〝そういう意味〟で狙っている描写は一回も出てこなかった。

 確かにアーサー王太子は本編でもBLモードでもテレンス君をよく気にかけていたが、世話役だからといって理不尽に振り回すわけでもなく、付かず離れずの主従関係を保っていた。

「心配して損したなって思ったけど、ファンアートでは、その……」

 前世では、そんな薄味ですらないBL成分を捏造し濃縮させた二次創作が増殖していた。

 他のプレイヤーたちの感想が見たくてSNSのアカウントを作った前世のミナコは、検索するなり飛び出てきたテレンス君関連のR18的なファンアートや二次創作の漫画や小説を見て卒倒しかけた。

 翌日、出勤して勤務時間前に若い同僚たちに泣きついたら、SNSの閲覧にセンシティブ設定すればBL要素のある情報は流れて来ないと教えてもらってその通りにした苦い思い出がある。



 それで結局、スマホ版『乙女☆プリズム夢の王国』の課金追加ストーリーには、百合らしい百合も、BLらしいBLもないままそれぞれ終わる。

 元のゲーム自体が全年齢向けなので、どぎつい性描写などがないことはわかっていたが、緊張して構えながらプレイしていた前世のミナコでもちょっと肩透かしな気分だった。

 そんな疑問を職場の既にクリア済みの若い同僚たちにぶつけてみると、皆してニヤニヤと笑っていた。

『ミナコ先輩。特典ストーリーも全クリしたら飲み会しましょうよ』

『乙プリのリアタイ世代の方がクリア後どうなるか楽しみー!』

 特典ルートはゆっくりめにプレイしても一ヶ月はかからないという。
 クリア後の感想会したいから頑張って、とネタバレをお口チャックする同僚たちに見守られて、アラフォーおばさんはひたすら続きをプレイする日々だった。