そして、現在ディアンは19歳となり、ダリアとの結婚も間近となっていた。

 今となっては、ララはディアンと言葉を交わすことはほとんどなくなってしまったが、ダリアとディアンが並んで歩いているのを影から見ることは度々あった。
 本当にお似合いの美男美女という感じで、幼稚なララとは違い、会話もきっと知的なんだろう。

 ディアンへの恋心は変わらなかったが、ララなど、彼の姿を見ることすら畏れ多いことなのだ。むしろ、大好きな姉と初恋のディアンが結婚することは、ララにとってこの上なく喜ばしいことであった。

 一度、屋敷内の応接間で、たまたまディアンとダリア、両親が話しているのを立ち聞きしてしまったことがある。聞くつもりはなかったのだが、『式の日取り』という言葉が聞こえ、そこから立ち去ることができなくなってしまったのだった。
 最悪なことに、動揺していたララは、手に抱えていた花瓶を落としてしまい床で音を立てて粉々に割れてしまった。ドアの前で立ち聞きしていたことが皆の前で明るみになった。
 両親は呆れ、顔を真っ赤にして怒っているのが分かった。ダリアは心底不快そうな顔をし、侮蔑を含んだ声でこう言った。
「ララ、まさか盗み聞きしてたの······?あなた、以前からディアン殿下のことをちらちらとおかしな目で見ていたでしょう?立場をわきまえなさい。本当に恥ずかしいわ。」
 ダリアから至極全うなことを言われ、ララは顔が真っ赤になり、その場から逃げ出したくなった。謝りながら、割れた花瓶を慌てて拾い集めた際、過って指を切ってしまった。
「···········っ!!」
 驚いて手を引っ込めたララを見たディアンは勢い良く椅子から立ち上がり、ララに駆け寄ってきた。
「······大丈夫!?大変だ血が出てる。手当てしないと───」
 皆の見ている前でディアンに心配されたことで、ララは余計に自分が恥ずかしくなり、消えたくなった。
「だ、大丈夫です!本当にすみませんでした······!!それでは!」
 これ以上の醜態をさらすわけにはいかず、ララは割れた花瓶を残したまま、走って部屋を出ていった。
 それ以降、ディアンが屋敷を訪ねてきている際は部屋から出ないようにし、数ヶ月顔を合わせることもなかった。

 ◇

 ディアンが花の水やりをしていたララに話しかけてきた時、ララがディアンと話すのは花瓶を割ってしまった時以来であったので、本当に緊張してしまった。
「ララ、久しぶりだね。最近全く姿が見えなかったから。寂しかったよ。」
「いえ·······もうすぐお姉様と結婚されるのですよね?式、楽しみにしています。」
 ララが必死に考えた結果、そのような言葉しか思い浮かばなかった。式を楽しみにしているというのは本当だった。自分は確実に結婚とは無縁な人生を送るだろうが、ダリアとディアンの晴れ姿ははさぞ美しいだろう。
「─────ああ。僕も嬉しいよ。ダリアと結婚したら、ララは義理の妹になるね。」
 彼と今後は他人ではなくなるということが、ララにはひどく嬉しいことに思えた。姉とディアンが末長く幸せに暮らすのを見守ることができるのであれば、ララにとってもこの上なく幸福なことだった。
「はい。義兄様とお呼びしてもいいですか?私、ディアン様のような優しいお兄さんがいたらいいなってずっと思ってたんです。夢みたいです!」
 ララが満面の笑みでそう言うと、ディアンは表情を崩し、ララの頭を撫でた。
「僕も、ララのようなかわいい妹が欲しかったんだ。───ところでララ、相談なんだけど、国王の側室にアリソンという女性がいてね、僕も親しいんだ。なんでも、会えなくなった実の娘さんに、たまたま屋敷で見かけた君がそっくりらしくて······一度ララに会いたいそうなんだ。」
「········娘さんと私が似ていると?」
 ララは突然の話に驚いてしまった。少し考えたあと、申し訳なさそうにして返事をした。
「娘さんが私に似ていたとしても、それはきっと見た目だけで·····私に実際に会ったら、きっとがっかりされると思います。高貴な方とお話なんてとても───私は王宮には行けません。·····ごめんなさい。」
 ララがしゅんとしていると、ディアンは笑って首を振った。
「そうか。いや、無理を言ってすまなかったララ。でも、いつか一緒に王宮にも来て欲しいな。僕と一緒なら怖くないよ。いつか案内させてくれる?」
 王宮に行きたくないのはその場所が怖いからではなく、失望させることが怖かったからなのだが、ディアンをがっかりさせたくなかったララは、「はい、いつか。」と答えた。

 ◇

 そうして日々は過ぎていき、ダリアとディアンは結婚した。
 第一王子の結婚式はそれはそれは豪華で、ダリアは未来の王妃候補として民衆から称えられる存在となった。
 結婚式は、ララは親族としては参列することができなかった。両親にどうしても2人の晴れ姿を見たいと懇願すると、一般の観覧客としてなら許すから勝手に見ろと言われた。ララは喜び、私服のワンピースを来て、民衆に紛れて遠くから2人の姿を見た。2人が馬車に乗って近くを通ったとき、ララが少し声を張って「お幸せに!!」と言うと、ディアンが何かを探すようにキョロキョロと辺りを見回し、一瞬ララと目が合った気がした。馬車はすぐに通りすぎていき、ディアンの表情までは見ることができなかったが、2人の晴れ姿を見ることができ、ララの胸は一杯になった。
 
 結婚した後は、ダリアはすぐに王宮に入り、ファーレン家を出ていった。祝いの席や会食は度々王宮で行われたが、ララは当然、両親や姉から出席は許されず、ダリアとディアンはララとは別世界の存在となっていった。