高野くんは何も言わずに立ち上がって、空いていた手をわたしの頬に寄せた。
触れはしないその手は顔を上向くように促している気がして、高野くんを見上げる。
「泣いたの、氷見さん」
「うん、泣いた」
「どうして?」
聞かずに帰すことも、聞かずに憶測を立てることもしない。
真っ直ぐに尋ねられて、わたしは素直に口に開く。
「寂しかった」
夏の終わりの寂寥感といえば、きっと世の中の大半の人に伝わる。
切なさ、ノスタルジー、侘しさ、それらは夏の終わりの風味のような、誰もが抱えるもので、言葉にすれば寄り添ってくれる人のいる、隠さなくていい感情のひとつだと思う。
寂しさの大半を、高野くんが占めていると伝えたら、笑うだろうか。
驚くだろうか、引いてしまうかな、嫌だと思われたら、どうしよう。
言葉を我慢したから、今こんなにも苦しいのに、また気持ちを飲み込もうとしてしまう。
ねえ、高野くん。
日が経てば、また以前のようにぎこちなさを取り払って話せると思うんだ。
高野くんの隣は楽しいって、嬉しいって、好きだって、いくつも重ねるのはしあわせだと思う。
もっと、この気持ちを育てるのだって、きっと楽しい。