テレポーテーション

朝からソワソワしている。それもそうだ、今日は、運動公園で真子と待ち合わせをしている。頭をよぎるのは、妖精の姿だ。あの日以来、思考に浮かぶ事はない、あの過去の数日間は、夢を見ていたのであろうか。過去は記憶の中にある。私が真子に惹かれるのには、理由があった。二十歳の頃に出逢った康子。当時、19歳の彼女に、顔といい仕草といい雰囲気といい似ている。思わず、双子かと錯覚を覚えてしまいそうだ。運動公園までは、徒歩で10分。郊外の静かな場所にある。小高い山だ。駐車場にやって来ると、水色の軽自動車が見える。今日は、眩しい光に反射されて、塗装が襲って来る気配もない。その先を見つめると、眞子が立っている。大きなメガネに、春らしい。大きいサイズ のフロントジップロングワンピース。何か、真子らしい雰囲気だ。私がおーいと声をかけると、手を振って答えた。すると、真子は、走り寄って来る。周りには誰もいない。私は、真子の身体を抱きしめた。真子は無言だ。その瞬間、真子の唇を盗んだ。一瞬、3秒ぐらいだろうか。その瞬間。空から声が聞こえてきた。
「セニョリータ」私の思考の中の景色が、だんだん、薄らいでくる。その時、ドーンと言う音がした。一瞬、記憶を失った。それと同時に、私の周りの景色が変わった。建物の中だ。そして、廊下に立っている。先を見ると、真子が立っている。時計を見ると、16時55分。まて、この景色には見覚えがある。そこは、40年前の、東京の医薬品問屋に勤務していた会社の廊下だ。身体に背負っている。鞄のファスナーが開いている。中には、小さな箱。私の記憶が蘇ってきた。しかし、そこに、立っているのは、真子なのか、当時の康子なのか。私は、真子かいと、声を出した。返事は「うん」真子もこの現実に気がついているみたいだ。私は、鞄の中から、箱を真子に渡した。それは、昭和58年5月4日。康子の誕生日の日だ。箱の中身を見ると。ティファニーの腕時計が入っていた。真子は思わず「こんな高いもの」そこへ事務の松坂慶子似のお姉さんがやって来た。一言「貰っときなさい」私の記憶は更に蘇る。あの時、康子が囁いた言葉。私は、この出来事から、二度と、康子と顔を合わせなくなった。それは、ましてや、考えもつかない、出来事へと発展した。でも、今は、あの時の今ではない。令和に出逢った世界の、真子と私が存在する。