病院に通うようになって、少し経った頃。

いつもにこやかな顔さんの顔が少し強張っていた。

庭園の木陰が作る影が、海さんの表情を暗く見せているのだろか。

何度か口を開いては閉じてを繰り返す海さんは何か言いたいことがあるのかな、と私は待っていると。

「僕、転院することになったんだ」

海さんは、そう言った。

いつも私の顔を見て話す海さんが、私から視線を逸らして。

「転院? 退院じゃなくて、ですか?」

さすがに虚を衝かれて間抜けな声が出てしまった。

「うん……。僕と同じ症例を治した先生のいるところへ、行けることになったんだ。だから、ここは離れることになった」

それで転院……。

「そう、なんですね……」

私はなんとも言えない気持ちになってしまっていた。

海さんの足が治るんなら、素直に応援して背中を押す言葉のひとつでもかければいいのに。

咄嗟に、そう出来ない自分がいた。

少しだけ、沈黙が落ちてしまった。

でも、こんなのはだめだ。

『応援してます』意を決してそう言おうとした私を遮るように、海さんが私を見てきた。

「だから今度は、僕から天ちゃんを見つけにいくから」

「え……――?」

海さんの言葉の意味がすぐにはわからず、またもや間抜けな返事をしてしまう。

「治して、天ちゃんに逢いに行くから。なので、それまで……えーと……彼氏とか、作らないでいてくれると……ありがたい」

恥ずかしそうに、気まずそうに言う海さんの横顔を見て、ぽつ、と胸の中に何かが落ちた気がした。

「うん、つくりません」

私のその返事に、海さんはばっと私を見てきた。

「……いいの?」

「いいですよ。代わりに、美人な看護師さんやお医者さんがいても、コロッといかないでくださいね?」

「ふふ、天ちゃん微妙に言い方が……」

「古いって言いたいんでしょう。両親から一番影響受けてるから仕方ないんですっ」

「ううん、やっぱり、天ちゃんだなって思ったんだ。……二つ、話したいことがあるんだ」

「二つもですか。じゃあ私は三つ用意しときます」

「なんで張り合ってくるの」

「負けたらいけない気がして」

「天ちゃんって負けず嫌いなんだね」

「否定はしません」

「じゃあ……行って来るね」

「はい。お気をつけて」