翌日、凛は学校に来なかった。後で家に訪ねると熱を出したのだと言う。いつもの事だった。中学生の頃から確かに休みは多くて、当時は3ヶ月に1度くらいの頻度で休んでいた。でも、月日が経つに連れ、休むことは多くなり、最近は1ヶ月に1度は休むようになっていた。
 いつもは気にしない。ただ、大丈夫?と聞くくらいだ。しかし、昨日、話を聞いてしまったからそうはいかない。凛がいなくて幾分静かな学校が終わるとすぐに凛の家に向かった。
 家には凛の母親が居て、俺が病気について知っているのはもう既に凛から教えられていたらしくすぐに上がらせてくれた。凛は体調が悪く、こちらには来れなさそうだった。凛のお母さんが、お茶を出してくれ向き合って座った。
 「最近は具合悪いことが続いてね。彼女も相当ストレスを溜め込んでいたみたいで、今日は特に。」
 何も聞かずとも教えてくれた。きっとストレスというのは俺に話をするまでのことだろう。
 凛のお母さんは凛と付き合ってからずっと良くしてくれていて、うちの母親とも仲が良い。ただ、最近、少しやつれていると思うのは気のせいだろうか。
 「そうですよね。すみません。」
 疲れている様子のおばさんを見るのが少し辛くて申し訳なく思ってしまう。
 「どうして奏磨くんが謝るの?いいのよ、仕方がないことなんだから。」
 「仕方がない」。みんな、そう言う。取り返しがつかなくなったような時も、相手にとって自分にとって不利益なことが起こった時も、失敗したりした時も。全部が全部、仕方がないことでできているわけではないし、本当に仕方がないことはある。今回はどうなんだろう。ふと、考える。
 「仕方がない」のかもしれない。でも、俺が気づいていたらどうだっただろう。もう少し早く凛が言える状態をつくっていたり、俺が病気に気づいていたりしていたら少しは状況が変わっていただろうか。俺が凛に寄り添い、傍にいてあげていれば、おばさんが疲れることもなかったかもしれない。
 それとも何も、変わらなかったのだろうか。
 しばらく2人とも黙って、お茶を飲んだ。どちらかが話そうとするでもなく、逆に黙ろうとするでもなくただ自然に。
 「お母さん…。」
 リビングの反対側にある凛の部屋(すぐに体調不良を訴えられるように1階に凛の部屋がある)から凛の声が聞こえた。おばさんはすぐに立ち上がり、マスクをして部屋に入っていった。マスクをするのは一応だと言う。別に白血病が伝染る病気なのではなく、熱を出しているから伝染らないように。おばさんは大変だ、と俺は思う。おばさんも仕事をしているだろうにこうやって凛が熱を出す度に休まなければならないのだろう。凛のお父さんはある企業の社長であまり帰ってこないらしい。お金の心配こそしなくていいもののこうして1人で看病するというのはとても大変なことだろう。
 「奏磨くん、ちょっと来て。凛が呼んでる。」
 5分ほどしておばさんが部屋から出て、言った。俺は、立ち上がりマスクを手に取って部屋に向かう。
 部屋にはベッドと机しかない。小さな机の横に置かれているベッドには凛が横たわっている。何度か見たことがある。ラフなパジャマを着てマスクをしている凛。一見、苦しそうにも穏やかそうにも見える。
 凛のお母さんは静かに部屋のドアを閉めて出て行った。
 「奏磨、ごめん。わざわざ来てくれて。」
 凛の小さな頭が微かに動き、こちらを見た。
 「いや、全然。」
 やっぱりどうしても気まずくなってしまう。前みたいに大丈夫かと聞けない。だって、大丈夫なわけがないから。
 「熱は?どんくらい?」
 「38度。でも、下がってきてるから、明日は行けるかも。」
 凛の声は小さいけど、はっきりと聞き取れた。それでも、少し辛そうで、息が苦しそうだった。
 「大丈夫だよ。いつものこと。」
 凛はそう言って、微笑む。その顔を直視できなかった。辛いのに、笑顔を貼り付けている凛の顔を見ることなんてできなくて、机に飾ってある無邪気に笑っている凛の写真を見つめていた。