高校2年生になって、俺は中学からの同級生であり、付き合って3年目になる佐原凛(さわらりん)と同じクラスになった。
 凛は割と背が高く、細身でスポーツ万能だ。しかし、あまり頭が良い方ではなく、いわゆる天然である。
 純粋で、素直で皆に好かれている。そんな凛と付き合えた俺は超幸福だと言っていい。中学1年のときに同じクラスになり、秋に恋をして以来、ものすごい速さで告白までこぎつけた。中学2年生のときにまたもや同じクラスになり、花火大会に誘ってそこで告白したのだ。
 元々、仲が悪い訳ではなく、話す方だったのもあって付き合ってから苦労はしなかった。
 それに大きな変化がふたつもあった。
 1つ目は人気者になったことだ。凛は男子にも女子にも人気で、全員が仲良くしたいと思うような子だ。俺は、特に人気だったわけでもなく、不人気だったわけでもなく、運動も勉強もそこそこできる平凡な生徒だった。それが凛と付き合ったことによって、凛を狙う男子が群がり、凛と友達になりたい女子が近寄るようになった。
 2つ目は勉強できるようになったことだ。元々、勉強はできていたけど、凛に教えるようになってからさらに出来るようになった。勉強もできて、運動もそこそこできたからモテるようにもなった。でも、その頃には既に凛と付き合っていたから何の意味もなかった。

 そして、今、高校2年の夏。俺は、凛と隣の席になった。1年の時は違うクラスで、お互い部活もあったから会って話すのは大体日曜日だったけど、クラスが同じになり、席も隣になると自然と話す頻度も高くなる。授業中の話し合いや、自習時間は大体凛と一緒にやった。しかし、休憩時間は凛も俺も友達の所へいって話すから会話は少なかった。それで充分だった。というか、中学3年、高校1年と違うクラスだったのにも関わらず、別れなかったことだけで充分だった。
 8月に入ってから、学祭も終わり修学旅行の準備が始まった。こういう旅行行事は2年生の時しかないからみんな張り切っていた。
 5泊6日のヨーロッパ旅行。俺が通っている高校は頭が良いわけではないが、行事はすごく力が入っている。そして、クラスの中で1番張り切っているのが凛だ。学級会議でも凛は率先して意見を出して、とにかく興奮した様子を出している。
 ある日の月曜日。放課後に学級会議が行われた。
 「今日は、1日目の散策のグループ分けをします。どういうグループがいいか意見ある人いますか?」
 学級委員の五條美優(ごじょうみゆう)が言った。この子はリーダー的存在で、名前の通りとても美人で優しい。勉強もスポーツも万能。みんなの憧れの人だ。そんな人が学級会議の司会をすれば、全員とても積極的になる。特に男子は。
 「俺は仲良い人だけじゃなくてあんまり仲良くない人ともグループになった方がいいと思います!」
 いつもはうるさくて授業にまともに参加もしていない井口聖汰(いぐちしょうた)がそう言うと大体の男子は「俺も」と口々に言う。井口はその度に満足気に笑い、男子と目配せをする。2年もクラスが同じだったらこの一連の流れは覚えてしまう。そして、
 「私は、仲良い人だけでいいと思う。だって、仲良くない人となったら退屈だし、ダルいじゃん。」
敵対している一軍女子、坂内逢生(さかうちあい)が反論する。
 このクラスはつくづく一軍が多いと思う。今出てきた3人は紛れもなく一軍。俺の恋人の凛も一軍。そして、他にも坂内の連れが2人、美優の仲の良い人も何人か、凛と仲良い人も何人か、井口の手下が5,6人。カーストで言ったら井口、美優、凛、坂内の順番だろう。
 まあこれだけでも、半分は一軍だ。クラス30人の半分が一軍であれば、それはもうカオスとしか言いようがない。そして、俺みたいなどこにつくでもない生徒たちはこんな光景を毎日見せられる。はっきり言って、つまらない。
 「私も逢生と同意見です!やっぱり仲良い人と一緒にいないと楽しくないし、仲間外れとかがあったらいけないから。」
 しかし、凛が入ってくるとこれまた面白くなる。
 「おいおい、それじゃあ、協調性ないままじゃんかよ。」
いっつもは変なことばっか言ってる井口もこういう時は笑えるくらいに真面目になる。
 「はあ?もうみんな仲良いと思うけど。あんたが仲良くしようとしないだけでしょ?」
 坂内は少し口が悪くなる。
 「お前らも陰キャと仲良くしないだろうが。」
 井口もすかさず反論する。この時点で、もう喧嘩はお決まり。
 「陰キャって、酷い奴ね。陰キャなんかいないよ。」
陰キャはいるが、陰キャが何かもあまりわかっていない凛はそう言う。
 「陰キャはバリバリいるじゃねえかよ。ほら、あそこら辺にこぞってるあいつらは陰キャだろ。」
 井口はそう言って、俺たちが座っている反対側の隅を指さす。
 「陰キャじゃないよ。みんな仲良くて、明るい人ばっかりだよ。」
 「凛、お前、陰キャが何かもわかってねえくせに出しゃばってくんなし。」
 山梨出身の加賀貴義(かがたかよし)は凛をおもしろくないと思っている。たまにマイペースすぎる凛に少しイラつく奴らが出てくる。
 「加賀、会議なんだからいいだろ。誰が意見出したって関係ねえし。」
 自然と言い返す俺の口調も尖ったものになる。
 「すいませんでした、ご主人様。」
 「はあ?」
 俺が口を開いて言い返しかける前に美優が入ってくる。
 「ほら、喧嘩しない。1回みんな黙って。要するに、仲良い人でグループを組むか、交流が少ない人でグループを組むか迷ってるわけでしょ?それは分かったから冷静に話し合おう?」
 美優がそう言うとほとんどの場合、みんなが黙る。いつ止めようかと聞いていた先生も安心したように教室から出ていく。
 「まずは、仲良い人でグループを組みたい人の意見から聞く。」
 そうして美優の司会で収まっていく。学級会議は毎回こんな感じで進められる。
 結局は落ち着くわけだからみんなは安心して聞いている。それに、話し合いが中盤になってくると少し大人しい系の男女にも美優が意見を聞くから普通の学級会議になる。美優がいなければ、このクラスがどれだけ大変なことになっていたかしれない。全員、美優がいてよかったと思うのは同じだ。
 ちなみに、俺は別に美優のことが気になっているとかそういうわけではなく、去年も同じクラスで割と仲がよかった間柄だから呼び捨てにしているし、尊敬しているだけだ。そこは、勘違いされないように気をつけていて、凛がいる時はなるべく親しく話さないようにしている。 
 そんな俺は、もしかしたら最低なのかもしれない。