「おはよー!」
元気な声が響く、寮の最上階。
成績主席者のみが入寮できる、特別な場所。
そんな最上階で私・露草(つゆくさ)風葵(ふき)、中二はエレベーターを待っていた。
右に鞄を抱え、光るボタンをひたすら見つめていると。
「風葵先ぱーいっ!」
背中に重みが掛かって前に倒れ掛かる。
なんとか体勢を整えると、耳元で甘い声がした。
「先輩、今日も可愛いねぇ」
ふわっとシトラスの香りがして、耳に吐息が当たる。
「・・・ん、おはよ」
「ふふふ、そっけない先輩も好きだよっ」
この子は葉霊(よれい)綺翠(きすい)、中一。
子犬のような子で、スキンシップが激しい。
あと、この寮の弟的存在。
男子生徒ばっかりでちょっとばかりむさ苦しい特別寮では、なかなかありがたい存在だった。
「・・・綺翠は今日も元気だね」
当たり障りのない回答をすると、綺翠は私から離れてニッコリと笑う。
「んふふ、先輩に対して元気じゃなかったら嫌われるかもしれないもーん!そもそもこういうキャラだしね!」
「・・・私は、どんな綺翠も好きだよ?」
いつもあまり『好き』を言えないので、今言ってみる。
「まー・・・」
綺翠は目を見開いて額を押さえる。
「・・・変なトコで素直な先輩可愛い・・・」
「・・・可愛い?」
笑うコトのない私が可愛いはずがない。
綺翠は私に懐いているトコロがあるから、そう見えるだけだと思う。
「・・・あー・・・うん、先輩無自覚だもんね、分かってる」
首をかしげると、綺翠はうんうんと頷いて諦めたように息を吐く。
「あれ、風葵早いね、おはよ」
「・・・ん、おはよ」
ニコニコと愛想笑いを浮かべて私の前までくる男子生徒。
くるくるした水色の髪を揺らしながら歩く彼は雲龍(うんりゅう)紅紫(こうし)、中二。
穏やかなお母さんポジションだけど、怒ると鬼だ。
そんなトコもお母さんっぽい。
「今日も眠そうな顔してるね、寝不足?」
「ん-・・・まぁ、不眠症だし・・・」
話しながらふぁ、とあくびをする。
「いい寝具紹介しようか?僕が今使ってる枕、すごい寝やすいよ」
「・・・いや、多分私の場合は寝つきが悪いというか・・・なかなか眠りに付けないって感じ」
目にたまった涙を拭い、私は前を向いた。
エレベーターの音がして、ドアが開く。
3人で中に入り、『閉』ボタンを押すと。
「ちょっ待って!」
「風葵、ドア開けろー!」
焦ったような声と叫び声が聞こえ、私は『開』ボタンを長押しした。
「はい、おはよう2人とも」
「はー・・・間に合ってよかったぜ」
「おはよう」
「ホントだね、ドアの前で待っててあげたんだから感謝してよ」
「おは・・・」
「風葵、ドアありがとう」
・・・あ、ヤバい。
2人ともいい笑顔でお礼を言ってくるけど・・・。
「ね、え!あ、い、さ、つ、は?!」
ずっとあいさつをして無視されていた紅紫は2人に圧のこもった目で見つめた。
「あー・・・」
叫んでいた方の男子生徒は気まずげに目を逸らす。
もう1人はあははと苦笑した。
「あいさつ大事!話したでしょ?」
呆れたように2人を見つめている点から、今日の紅紫はあまり怒らない気らしい。
エレベーターという密室の中で怒鳴られるのは耳が痛いからありがたいけども。
「えっと・・・おはよ!」
これ以上機嫌を損ねてはいけないと思ったのか、叫んだ方が挨拶をした。
「あはは、おはよ」
もう1人もちゃんと挨拶をして紅紫に笑みを向ける。
叫んでいた方の生徒が五輪(いつわ)葦撫(いぶ)、中二。
もう1人の生徒のほうが淡雪(あわゆき)珊瑚(さんご)、中二。
ひたすら元気な葦撫と、爽やかで胡散臭い珊瑚はいいコンビなのだ。
ピーンと音がして、エレベーターのドアが開く。
私たちがエレベーターを降りると、わーっと声が上がった。
「おい見ろよクラティアンだぞ!」
「キャー!今日も麗しいっ・・・」
スペイン語で癒し(クラティアン)は私たち特別寮の生徒たちをさす言葉。
露草と、葉霊と、雲龍と・・・なんて1人ずついうのは面倒くさいからそう一括りにされた。
自分からクラティアンを名乗るコトはないし、名誉なのかもしれないけど気にしてはいない。
「じゃーね、先輩!」
「・・・うん、じゃーね・・・」
ヒラヒラとと手振ると、綺翠は嬉しそうに教室に走って行った。
「ったくあいつテンション高すぎだろ・・・」
葦撫よりもテンション高い・・・?と思いつつもあいまいに頷いておく。
「もう、風葵困ってるでしょ」
「お、わりぃ。さっ教室行こーぜ!」
紅紫に注意された葦撫は私に軽く謝ってから教室に歩いていく。
そんなみんなのあとを、数歩遅れて歩き出す私。
私は、クラティアンになんてふさわしくない。
癒しになんてなれない。
笑えないんだから。
綺翠はいつも口角が上がっている。
紅紫は穏やかに微笑んでいる。
珊瑚は胡散臭いけどニコニコしてる。
葦撫は笑みを絶やさず、ニカってしてる。
それに比べて私は・・・表情筋が動かないんだ。
シスコンな兄に優しい両親。
私が笑えなくなった理由は家族にある。