「メイちゃん、これ五番卓にお願い」

「はい!」

レースたっぷりの制服を翻し、ケチャップ片手に、出来立てのオムライスを運ぶ。



__これが私のお仕事。


私、藤沢楓。

メイド喫茶でアルバイトをしている、いたって普通の女子高生。

もうすぐ、ここ、メイド喫茶 "シャノワール" で働き始めて三ヶ月が経とうとしている。

はじめはドジばっかだった私だけれど、

最近になって、ようやく一通りの仕事をこなせるようになってきたんだ。

よーし、今日もご奉仕頑張るぞ!

そう意気込み、卓の前で最上級の笑顔を作ったときだった。

「お待たせしました! こちら萌きゅんオムライスになります」


「どうも」

客の顔を見た途端、その微笑みは引き攣った。

「?」

だって__

た、た、た、た、高野くん?!

目の前のご主人様が、クラスの男子生徒だったからだ。

こんなことはこれまではじめてで、私は戸惑いを隠せなかった。

__高野くんこと、高野駿くんは硬派で男前で有名だ。

すらっとした高身長に、均整のとれた身体。

それでいて、健康的に日に焼けた小麦色の肌と、シュッとした顔立ち。

女子と積極的に話すタイプではないため、クラスで特別目立つわけではないけれど、

その容貌と頼り甲斐のある性格から、陰で彼を想っている人は少なくないときく。

そんなすごい人が、どうしてこんなところに……

そっくりさん?

他人の空似?

いや、ガッツリうちの学ラン着てるから本人だよね……。

それより私、此処でバイトしていることバレちゃまずいんじゃ__

頭の中にいろんな考えが駆け巡り、パンクしそうになっていると、高野くんは首を傾げた。

「メイドさん?」

「っ、は、はい!」

「これ、ケチャップかけてもらえるんスか」

あれ__?

「も、もちろんです!……何かご要望があれば、イラストなんかもできます」

「へぇ」

……もしかして、

私のこと気づいてない?

「じゃあ、サッカーボールがいいっす」

そう言った高野くんの瞳は、まっすぐで堂々としていて、およそ私とは大違いだった。  

「サッカーボールですね……!」

羞恥で耳が熱くなる。

そっか、

そりゃあそう……だよね。

同じクラスって言っても、私が高野くんのことを一方的に知っているだけで、直接話したこともなければ、私と高野くんの間に接点なんて何一つもない。

勉強や運動に特別秀でているわけでもない、  

部活にも所属していない、

そんな地味な私のことなんて、フツー、知らないよね。

むしろ知らなくて当たり前だ……。

私は平静を装ってオムライスの真ん中に大きなサッカーボールを描いた。

けれど、つい手が震える。

「メイドさん?」

もうここまできたらやけだ。

冷やかしだかなんだか知らないけれど、

此処に来たからにはほかの客同様"あの"辱めを受けてもらおうじゃないか。

「それでは、ご主人様もご一緒にご唱和ください……」



私は深呼吸を一つしてから、心を決めて言った。





「萌え萌えキュン!!」



「……もえもえきゅん?」


かわ、

かわっ……!



私は膝から崩れ落ちた。

学校では澄まし顔で、クールな高野くんが、こう、萌え萌えキュンって、……!!

そんなの反則でしょ。


「あの、大丈夫スか?」

「ええ……それではごゆっくりお過ごしください!!」


私はよろけながら半ば逃げるように、卓を後にした。