この世界の不自然(ふしぜん)さが、俺の心に引っかかり続けていた。生き返る魔法、レベルアップ、鑑定スキル――――。これらはあまりにもゲーム的で、現実味に欠ける。まるで誰かが意図的に設計したかのようだ。そう考えると、この世界はMMORPGのような、リアルに見えて実は人工的な空間なのではないか? その仮説が、俺の頭の中で徐々に形を成していった。

 もしそうだとすれば、ゲーマーが通常行わないような行動を取れば、世界の(ほころ)びが見えてくるはずだ。バグを見つける――――。それは日本にいた頃の俺の得意分野だった。俺は唇を噛みしめ、この世界の真実を暴くための冒険を決意した。

       ◇

 翌日、まばゆい朝日が街を照らす中、俺は意を決して鋳造所へと足を運んだ。煙突から立ち上る煙と金属の匂いが、この場所の特徴を物語っている。

「おはようございまーす!」

 俺は少し緊張しながら中に入った。敷地の隅には、スクラップの山。その中に、ひときわ目を引く大きな教会の鐘が横たわっていた。

 俺はその鐘に近づき、慎重に観察する。人の背丈ほどの高さ、まさに想定していたサイズ。俺の目的にぴったりだ。

「坊主、どうした?」

 突然の声に、俺は驚いて振り返った。そこには屈強(くっきょう)な体つきの男が立っていた。その腕の筋肉(きんにく)は、長年の鍛錬を物語っている。

「この鐘、捨てちゃうんですか?」

「作ってはみたが、いい音が出なかったんでな、もう一度溶かして作り直しだよ」

 男は肩をすくめ、少し残念そうに答えた。

「これ、売ってもらえませんか?」

 俺は最大限の笑顔を浮かべて尋ねた。男の顔に驚きの色が浮かぶ。

「え!? こんなの欲しいのか?」

「ちょっと実験に使いたいんです」

「うーん、まぁスクラップだからいいけど……、それでも金貨五枚はもらうぞ?」

「大丈夫です! ついでにフタに出来る金属板と、こういう穴開けて欲しいんですが……」

 俺は素早くメモ帳を取り出し、構想を図に描いた。男はその図を見て、首を横に振る。

「おいおい、ここは鋳造所だぞ。これは鉄工所の仕事。紹介してやっからそこで相談しな」

「ありがとうございます!」

「じゃ、ちょっと事務所に来な。書類作るから」

「ハイ!」

 俺の心は高鳴っていた。これで第一段階は完了だ。巨大な金属のカプセルを手に入れた今、俺の壮大な計画が動き出す。

 これは宇宙船。そう、俺は宇宙へ行くのだ。

 この世界の真実を知るため、そして何より、大切な人たちを守るため。俺は誰も見たことのない宇宙へと飛び出そうとしていた。もちろん空をどんどんと高く飛んでいくことはできるが、どんどん寒くなって何より空気が薄くなって、とても宇宙まではたどり着けない。

 だからこの鐘の登場なのだ。この鐘に入って飛べば宇宙まで行けるはずだ。

 頭の中では、これからの冒険のシナリオが次々と描かれていく。

 空を見上げれば青い空にポッカリと白い雲が浮かんでいる。その向こうには、きっと誰も知らない真実が待っているはずだ。俺の胸は期待で一杯だった。


         ◇


 煌々(こうこう)と輝く陽光の下、次に俺はメガネ屋へと足を向けた。この世界でも、視力の衰えは避けられない宿命のようでメガネを売っている。ただし、メガネの値は法外に高く、庶民には手の届かない贅沢品だ。

 俺の目的は拡大鏡(ルーペ)。この世界の真実を解き明かすため、ミクロの世界も探検しようと考えていたのだ。

 地球では、顕微鏡や電子顕微鏡が当たり前のように存在し、原子レベルの観察すら可能だった。さらには、直径十キロにも及ぶ巨大加速器で素粒子の世界まで覗き込める。しかし、この異世界では、そんな高度な技術は望むべくもない。それでも、もしこの世界がMMORPGのような人工的な空間なら、きっと拡大鏡でも何かの(ほころ)びが見えるはずだ。

 表通りから小路に入り、しばらく歩くと、メガネの形をした小さな看板が目に入った。ショーウィンドーには様々な形のメガネが並んでいる。

「こんにちは~」

 俺は、小さなガラス窓のついたオシャレな木のドアを開けた。

「いらっしゃいませ……。おや、可愛いお客さんね、どうしたの? 目が悪いの?」

 三十歳前後だろうか、やや面長で笑顔が素敵なメガネ美人が声をかけてきた。その洗練された雰囲気に、思わず緊張してしまう。

拡大鏡(ルーペ)が欲しいのですが、取り扱っていますか?」

「えっ!? 拡大鏡(ルーペ)? そりゃ、あるけど……高いわよ? 金貨十枚とかよ」

「大丈夫です!」

 俺は満面の笑みで答えた。店主は少し驚いた様子だったが、

「あらそう? じゃ、ちょっと待ってて!」

 と言って店の奥へ消えた。程なくして、彼女は木製の箱を持って戻ってきた。