俺は手が震えてしまう。

「ダ、ダメだ! すぐに探して! お願い! どっち行った?」

「だから言いましたのに……。南の方に向かいましたけど、その先はわかりませんよ」

 窓を壊す勢いで、俺はパジャマのまま空に飛び出した。寒気が全身を襲うが、それどころではない。

「くぅぅぅ……。とりあえず南門上空まで来てくれ!」

 俺は叫びながら朝の空をかっ飛ばした。

 まだ朝もや残る涼しい街の上を人目をはばからずに俺は飛んだ。風が頬を打つ。
 油断していた。まさかこんな早朝に襲いに来るとは……。
 夢に翻弄され、アバドンの警告を無視した俺を呪った。

 ドロシーを守ると誓ったのに、こんな形で裏切ってしまったのだ。その罪悪感と、ドロシーへの想いが胸の中で渦巻く。

「ドロシー、ドロシー! ゴメン、今行くよ!」

 俺は止めどなく涙がポロポロとこぼれてきて止められなかった。


        ◇


 南門まで来ると、浮かない顔をしてアバドンが浮いていた。

「悪いね、どんな幌馬車(ほろばしゃ)だった?」

 涙を手早くぬぐい、俺は早口で聞く。

「うーん、薄汚れた良くある幌馬車(ほろばしゃ)ですねぇ、パッと見じゃわからないですよ」

 そう言って肩をすくめる。その言葉に、俺の心が沈んでいく。

 俺は必死に地上を見回すが……朝は多くの幌馬車(ほろばしゃ)が行きかっていて、どれか全く分からない。その光景に、焦りと無力感が押し寄せる。

「じゃぁ、俺は門の外の幌馬車(ほろばしゃ)をしらみつぶしに探す。お前は街の中をお願い!」

「わかりやした!」

 俺はかっ飛んで、南門から伸びている何本かの道を順次にめぐりながら、幌馬車(ほろばしゃ)の荷台をのぞいていった――――。

 何台も何台も中をのぞき、時には荷物をかき分けて奥まで探した。その度に、ドロシーを見つけられない失望が胸を刺す。

 俺は慎重に漏れの無いよう、徹底的に探す――――。

 しかし……、一通り探しつくしたのにドロシーは見つからなかった。

「旦那様~、いませんよ~」

 アバドンも疲れたような声を送ってくる。

 くぅぅぅ……。

 頭を抱える俺。

 考えろ! 考えろ!

 俺は焦る気持ちを落ち着けようと何度か深呼吸をし、奴らの考えそうなことから可能性を絞ることにした。今は冷静さを取り戻すことが一番重要になのだ。

 (さら)われてからずいぶん時間がたつ。もう、目的地に運ばれてしまったに違いない。

 目的地はどんなところか――――?

 廃工場とか使われてない倉庫とか、廃屋とか……人目につかないちょっと寂れたところだろう。

 俺は上空から該当しそうなところを探した。

 街の南側には麦畑が広がっている。ただ、麦畑だけではなく、ポツポツと倉庫や工場も見受けられる。悪さをするならこれらのどれかだろう。

「多分、もう下ろされて、廃工場や倉庫に連れ込まれているはずだ。幌馬車の止まっているそういう場所を探してくれない?」

 俺はアバドンに指示する。

「なるほど! わかりやした!」

 俺も上空を高速で飛びながらそれらを見ていった。

 しばらく見ていくと、幌馬車(ほろばしゃ)が置いてあるさびれた倉庫を見つけた。いかにも怪しい。俺は静かに降り立つと中の様子をうかがう――――。

 いてくれよ……。

 心臓が高鳴るのを感じる。

「いやぁぁ! やめて――――!!」

 ドロシーの悲痛な叫びが聞こえた。俺の全身に怒りが走る。

 許さん! ただでは置かない! 俺は激しい怒りに身を焦がしながら汚れた窓から中をのぞく――――。


 ドロシーは数人の男たちに囲まれ、床に押し倒されて服を破られている所だった。バタバタと暴れる白い足を押さえられている。

「ミンチにしてやる!」

 俺はすぐに跳び出そうと思ったが、その時ドロシーの首に何かが付いているのに気が付いた。よく見ると、呪印が彫られた真っ黒な首輪……、奴隷の首輪だった。

「さ、最悪だ……」

 俺は固まってしまう。

 それは極めてマズい非人道魔道具だった。主人が『死ね!』と念じるだけで首がちぎれ飛んで死んでしまう。男どもを倒しにいっても、途中で念じられたら終わりだ。もし、強引に首輪を破壊しようとしても首は飛んでしまう。どうしたら……?

 俺は、ドロシーの白く細い首に巻き付いた禍々(まがまが)しい黒いベルトをにらむ。こみ上げてくる怒りにどうにかなりそうだった。

 パシーン! パシーン!

 倉庫にドロシーを打ち据える平手打ちの音が響いた。その音が、俺の心を引き裂いていく。

「黙ってろ! 殺すぞ!?」

 若い男がすごむ。その声には、残虐な喜びが滲んでいた。

「ひぐぅぅ」

 ドロシーは悲痛なうめき声を漏らす。その声に、俺の胸がキューっと締め付けられる。

「ち、畜生……」

 全身の血が煮えたぎるような怒りの中、ぎゅっと握ったこぶしの中で、爪が手のひらに食い込む。その痛みで何とか俺は正気を保っていた。

 軽率に動いてドロシーを殺されることだけは避けないとならない。ここは我慢するしかなかった。

 ギリッと奥歯が鳴る。俺は自分の無力感で気が狂いそうだった。