圧倒的な力を手に入れ、可愛い幼なじみと共に順調な商売を営む。ユータの人生は、まさに絶好調の日々を迎えていた。

 夕暮れ時、俺は屋根に登り、夕焼け空を眺める。閑静な住宅街には静寂が広がり、俺は深い満足感に包まれていた。

 この幸せが永遠に続くわけではないだろうが、今はこの幸せを心ゆくまで味わおう。未来がどうなろうと、今この時を精一杯生きることが大切だと、真っ赤に染まる茜雲を眺めながら俺は考えていた。

 夜風が優しく頬を撫でる。ユータは深呼吸をして、新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込んだ。

「キャーー!! ユーター! どこにいるの!? 早く来てーー!」

 下の方でドロシーの慌てる声がする。

「おーう、今行くよーー!」

 俺はニヤッと笑うと、下の道へと飛びおりてドロシーの元へと急いだ。

 そして運命の十六歳がやってくる――――。


        ◇


 その日、ユータは武器の新規調達先を開拓するため、二百キロほど離れた街へと飛んでいた。魔法の力を駆使し、大空を自由に飛ぶその姿は、まるで伝説の魔法使いのようだった。

 レベルは千を超え、もはや人間の域を遥かに超えていた。人族最強級の勇者のレベルが二百程度であることを考えれば、ユータの力がいかに桁外れであるかが分かる。

 日常生活さえ、彼にとっては危険と隣り合わせだった。ドアノブは普通に回しただけでもげてしまい、マグカップの取っ手は簡単に折れてしまう。つい先日は、何気なく頬杖(ほおづえ)をついただけで、テーブルを真っ二つに割ってしまったのだ。

 その力は、常識の範疇を超えていた。走れば時速百キロを軽く超え、水面さえも普通に走ることができる。一軒家を飛び越えるのも、彼にとっては朝飯前の業だった。

 長距離の移動はもっぱら魔法を使って飛んで行くようになっていた。二百キロの距離も、わずか十五分で到達できる。その便利さと楽しさは、言葉では言い表せない。

 だが、このような力を持つのは世界でもユータただ一人。そのため、日ごろからバレないように気を配り、飛行の際は常に隠蔽魔法を使って、誰にも気づかれないよう細心の注意を払っていた。

 大空を悠々と飛ぶユータの姿。その瞳には、強大な力を持つ者の孤独と、同時に圧倒的な成功への期待が宿っていた。


        ◇


 大きな川を越え、広大な森を抜けると、雪を頂いた山脈がユータの目の前に姿を現した。その壮大な景色に息を呑みながら、彼は高度を上げていく。

 雲の層に近づくと、ユータは一気に加速した。真っ白な霧の中を突き抜けていく感覚に、心臓が高鳴る。そして突然、眩しい青空が広がった。

 燦燦(さんさん)と照り付ける太陽、果てしなく広がる雲海。その絶景に、ユータの胸は高揚感で満ちた。

「ヒャッホー!」

 思わず声が漏れる。興奮のあまり、俺は空中で(きり)もみ回転をしてみる。

「やっぱり自由に飛ぶって素晴らしい。異世界に来てよかった!」

 時速八百キロを超える速度で飛行しながら、俺はニヤッと笑って毛糸の帽子を目深にかぶった。

 以前、音速を超えた時の経験を思い出す。衝撃波の恐ろしさを身をもって知った俺は、今は旅客機程度の速度に抑えていた。しかし、その心の中には更なる冒険への渇望が燃えていた。

「そのうち、宇宙船のコクピットみたいのを作って、ロケットのように宇宙まで行ってみたいな」

 俺の目には、飛行魔法の無限の可能性が広がって見える。この星が地球サイズなら、宇宙経由ならわずか二十分で裏側まで行けるはずなのだ。

 やりたいことだらけで身体がいくつあっても足りないと、俺はため息をついた。


            ◇


 山脈を越えた頃、ユータはゆっくりと高度を下げ始めた。

 雲を抜けると、広大な森が広がり遠くに目的地の街らしき輪郭がぼんやりと見えてくる。その時、ユータの目に奇妙な形の森が飛び込んできた。明らかに人工的な盛り上がりが、自然の風景の中に不自然に浮かび上がっている。

「何だろう? 怪しいな……」

 好奇心に駆られ、俺は鑑定スキルを使ってみる。

ミースン遺跡
約千年前のタンパ文明の神殿

「おぉ、遺跡だ!」

 興奮を抑えきれず、俺は速度を落としながら上空をクルリと旋回した。

 崩れた石造りの建物の上に大木が生い茂る様子が、時の流れを物語っている。

 慎重に着陸できそうな場所を選び、俺はゆっくりと降り立った。足元には、かつての栄華を偲ばせる繊細な彫刻が施された石柱の残骸。しかし、巨木の根が容赦なくそれらを破壊し、廃墟と化していた。

「まるでアンコールワットだな……」

 俺の胸に、何か切ないものが込み上げる。

「もしかしたら、お宝が残っているかも」

 そう呟きながら、俺は崩れた石をポンポンと放り、巨木の根をズボズボと引きてみる。しかし、どれだけガレキを取り除いても、何も見つからない。

「ふぅ……、ダメだなこりゃ」

 俺は流れ落ちる汗を拭い、大きくため息をついた。