「いらっしゃいませ~!」

 可愛らしい女の子が笑顔で迎えてくれる。

「今日はフリーですか?」

 その質問に、俺は戸惑いを隠せない。何かの符丁だろうか?

「え? フ、フリー……というのは……?」

「お目当ての女の子がいるかどうかよ。おにーさん初めてかしら?」

 赤いドレスを揺らしながら顔を覗き込んでくる。その大胆な仕草に、俺は思わず言葉を詰まらせる。

「そ、そうです。初めてです」

「ふふっ、ついてらっしゃい……」

 意味深な笑みを浮かべながら俺を(いざな)う女の子。俺はとんでもないところに来てしまったかもしれない。

 奥のテーブルに案内され、俺は戸惑いながらもエールを注文した。店内に元気な声が響く中、俺の緊張は高まるばかりだった。

 そして、女の子の次の言葉に、ユータは凍りついた。

「おにーさんなら二枚でいいわ……。どう?」

 にこやかに笑いながら彼女の手が、そっと俺の手を取る。俺はその柔らかさにドキッとしてしまう。

「に、二枚って……?」

「ふふっ、銀貨二枚で私とイイ事しましょ、ってことよ!」

 耳元でささやかれた言葉に、俺は言葉を失った。

 鼻をくすぐる華やかな香り――――。

 頭の中が真っ白になった。こんなに簡単に可愛い女の子と……?

 俺の中で、様々な感情が渦巻いた。驚き、戸惑い、そして魅了されていく心……。

(待て待て待て待て……)

 何とか自分を取り戻す。

 自分がここにいる理由を思い出せ。ドロシーを守るためだ。俺はブンブンと首を振って何とか誘惑に抗おうとした。

「あら、私じゃ……ダメ?」

 女の子の声がここぞとばかりに甘く響く。腕に押し付けられてくる豊かなふくらみに俺はクラクラしてしまう。

「ダ、ダメなんかじゃないよ。君みたいな可愛い女の子にそんな事言われるなんて、ちょっと驚いちゃっただけ」

 何とか冷静さを取り戻そうとする俺に、女の子はニッコリと微笑んだ。

「うふふ、お上手ね」

 その時だった――――。

「イヤッ! 困ります!」

 ドロシーの声が店内に響き、俺はハッとして慌てて立ち上がる。

 赤いワンピース姿のドロシーが、男と揉めている光景が目に入った。すかさず俺は男を鑑定する。

レナルド・バランド 男爵家次期当主
貴族 レベル26
裏カジノ『ミシェル』オーナー

 貴族。特権階級。俺は宙を仰いだ――――。

 絶対王政のこの国では貴族は平民には逆らえない存在だった。貴族侮辱罪にでもなれば死刑である。

「なんだよ! 俺は客だぞ! 金払うって言ってるじゃねーか!」

 バランドの怒鳴り声が店内に響く。ドロシーは必死に抵抗しているが、男の威圧的な態度に押されている。

 俺はテーブルたちをひとっ飛び、すかさずドロシーの元へ駆け寄ると耳元でささやいた。

「ユータだよ。俺に合わせて」

「え……?」

 どういうことか分からず、混乱しているドロシーを後ろにかばい、バランドに対峙した。

「バランド様、この娘はすでに私と遊ぶ約束をしているのです。申し訳ありません」

 俺はうやうやしく胸に手を当てて頭を下げる。

 突然の介入に、バランドの怒りが爆発した。

「何言ってるんだ! この女は俺がヤるんだよ!」

 ユータはニッコリと笑いながら極力丁寧に対応する。

 力技で逃げてしまうことも考えたが、ドロシーの顔を覚えられているのだ。ことを起こすのは避けたかった。

「可愛い女の子他にもたくさんいるじゃないですか」

 しかし、バランドの怒りは収まらない。

「なんだ貴様は! 平民の分際で!」

 そして、突然のパンチがユータに向かって飛んでくる。

 その瞬間、時が止まったかのように、俺の頭の中で様々な思考が駆け巡る。避けるか、逃げるか、倒すか、それとも……。

 レベル二十六のバランドの渾身の一撃が、ユータの頬を直撃する――――。

「ぐわぁぁ!」

 悲痛な叫びが店内に響き渡る。バランドは痛みに顔を歪め、傷ついた拳を胸に抱え込む。

 レベル八百を超えるユータの防御力補正は異常だった。ユータは何もしないのにバランドの拳が砕けたのだ。

「き、貴様……何をやった! 貴族にケガをさせるなど……」

 真っ赤になって喚くバランドに近づき、俺は耳元でささやいた。

「裏カジノ『ミシェル』のことをお父様にお話ししてもよろしいですか?」

 その言葉に、バランドの顔から血の気が引いた。

(ビンゴ!)

 さっきステータスで出ていた情報を使って、カマをかけたら正解だったようだ。マトモな貴族は裏カジノなどやらない。やるとしたら父親に秘密にやっているだろうと踏んだのだ。

「な、なぜお前がそれを知っている!」

 恐怖に満ちた目でユータを見つめるバランド。

「もし……、彼女から手を引いていただければ『ミシェル』の事は口外いたしません。でも……、少しでも彼女にちょっかいを出すようであれば……」

 俺はレベル八百の気迫を目に込めバランドを威圧した。

 もはやヘビににらまれたカエル状態のバランド。

「わ、分かった! もういい。女は君に譲ろう。痛たたた……」

 痛みに耐えながら、バランドは逃げるように店を出て行った。