自転車が倒れる音がして、パッと目が開いた。
 枕元のスマホで時刻を見る。まだ起きるには早い時間だ。
 スマホを戻して、布団を深くかぶって、目を閉じる。

 風が吹き荒れる音が、やけにくっきり聞こえる。
 眠いはずなのに、寝付けそうになかった。

 布団の中でぎゅっと手を握りしめる。
 ……やっぱり私は、緊張しているんだろうか。

 今日、私の通う中学校では卒業式が行われる。
 私は在校生代表として、卒業生のみなさんに「送る言葉」を言う大役を任された。

 そこまで優等生ではない私が在校生代表に選ばれたのは、そもそも私しか立候補者がいなかったから。そして私が立候補したのは、とある先輩に良いところを見せたかったから。

 事前に作った文を読み上げるだけだから、大きなミスは起こらないと信じたいけれど。
 万が一嚙み噛みになってしまったらと思うと恐ろしい。

 先輩を快く送り出すためにも、できることなら完璧に。
 だからこそ、寝不足で臨みたくはなかった。

 あと、十分に寝ておきたい理由はもう一つ。
 目にクマがある状態で、卒業式のあとに先輩に会うのも嫌だった。まだ会えると決まったわけじゃないけど、たぶん記念撮影用の自由時間があるはずだから。

 もし、先輩に会えたら――。

 告げる言葉は決まっているはずなのに、想像するだけで、鼓動が早くなった気がする。

 多くの人の前で言う「送る言葉」よりも、先輩一人のためだけに紡ぐ言葉の方が、私にとっては大切……なのかもしれない。断言してしまえば、卒業生のみなさんが可哀想な気がするから、私は深く考えるのをやめた。

 中学生なんてそんなもんだろう。顔を覚えてすらいない人へ感謝することはできないから、自分が今までお世話になったことを挙げてみればあら不思議。卒業生のみなさんは、それぞれ自身の思い出と重ね合わせて勝手に感謝を受け取ってくれる。

 いわゆる「本日はお日柄もよく」的な言葉が入るから、気がかりなのは天気だけど、まぁこれだけ風が吹いていれば大丈夫だろう。
 雲があっても、きっと吹き飛ばしてくれる。