ドンドンドン!!

「ドルト先生!! いらっしゃいますか!?」
 息を切らしながら診療所へたどり着くと、私は扉を強く叩く。

 どうかまだ宰相様がいらっしゃいますように……!!

「はーい、ちょっと待ってね」
 という声と共ににこやかに出てきたドルト先生に、私は「宰相様は!?」と詰め寄る。

「え? あ、あぁ、中に──」
「失礼します!!」
「え!? ぁ、ちょっ!?」

 ドルト先生を無作法にも突き飛ばしながら、私は診療所の中へと突き進んでいく。

「おや、あなたは──」
 診療所の奥の応接室に、彼はいた。

「宰相様、不躾に申し訳ありません。あの……お聞きしたいことがあって……」
「聞きたいこと? 何だね? 私に答えられることであれば、何でも言ってみなさい」

 男爵令嬢の私なんかが、宰相閣下を突然訪ねて質問を迫るだなんて、本当ならあってはならないことだと思う。
 それでも真剣に向き合ってくれた宰相様に、私も真剣に向き合う。

 一度大きく深呼吸をすると、私はゆっくりと口を開いた。

「宰相様。もし……もしも殿下の病気が治ったら……。その時は見返りを頂くことはできますでしょうか?」
「見返り? あぁ、褒賞のことか。まさかあなたからそんな提案がされるとは……」

 私が見返りを求めるような人間には思えなかったのであろう宰相様は、驚いたようにそう言って笑った。

「ははっ、いや、すまない。見返り、だな。あぁもちろん、何でも好きなものを与えよう。もともと陛下からも、どんな望みも叶えるよう言われていたのだからな」

「!! なら……、もし私が殿下の病気を治したら、一つだけお願いを聞いていただきたいのです」
「ほう、いったいどんな?」

 モノクルをくいっと指でつまみ上げて、宰相様がまっすぐに私を見る。
 私はそれから視線を逸らすことなく、緊張で震える手をぐっと握りこむと、ゆっくりと口を開いた。

「……トレンシスのお酒の産地を、王都ではなく、トレンシスのものだと明記していただきたいのです」
「!! セシリアちゃん……!!」

 トレンシスとして売り出すことができれば、トレンシスを知ってもらうきっかけにもなるし、領収だって上がる。
 この町がなくならずに済むかもしれない。

「それが、あなたの望みか……? 自分の地位の向上ではなく?」
「地位? そんなもの私には必要ありません」

 だって私には、今世の地位なんて無意味なのだから。

「そんなものより私は、この町の──オズ様の力になリたい。この町を一つの町として存続させることができるならば、私はなんだってします」

 何にもたなかった私にとっての一番大切なもの。
 それを守ることができるなら、もしここに帰ってくることができなくても、それでもいい。

「……わかった。トレンシスの町については、陛下も苦心していたこと。王太子殿下の病を治した褒賞とすれば、陛下がトレンシスを解放するきっかけにもなろう」

「!! ありがとうございます……!! なら私を……私を、王太子殿下のもとへ連れて行っていただけますか?」
「セシリアちゃん駄目だ!!」
「あぁもちろん、感謝する」
「親父!!」

 必死に止めるドルト先生を無視して、私たちの話は進んでいく。

「一度ジュローデル公爵家に戻るかね?」
「っ……いいえ。このままで」

 戻ればきっと、優しいオズ様は私を止めるだろう。
 トレンシスに戻ってこれる保証がないのに、そんなことをする必要はない、と。

「……わかった。では、いこうか」
「はい」
「セシリアちゃん!!」

「ドルト先生。オズ様に、ごめんなさい、って伝えておいてください」

 いつしか無駄に言うことのなくなった口癖。
 謝罪の言葉は無駄打ちするものではないと、ここで教えてもらったんだ。

 そう言い残すと、私はここぞという時の謝罪の言葉を残し、このトレンシスを去った……。