「大丈夫でしょうか……宰相様。私が依頼を断ったせいで陛下に罰を下されたりは……」

「そこらへんは大丈夫だろう。陛下はその親とは違って分別の付くまともな方だからな。それに、宰相がもし罰を受けるとしても、奴らのために君を差し出すことはできない。君の姉がクズなのを見抜くことができなかったのも、君のことを知りながら放置して何もしてやらなかったのも、自分たちの落ち度だ。王太子が婚約者の妹のことを知らないはずなどないのだからな」

 確かにそうだ。
 何度かローゼリアお姉様を訪ねてうちに来られた時、ご挨拶はしているもの。
 ぼろぼろのドレスで掃除をしているのだって見られたことがある。

 それでも殿下は、それを見ないふりをした。
 まるでそれが当り前の光景かのように。
 《《そういうもの》》なのだと、私を認識していたんだと思う。

「セシリア」
「はい」
「君が気に病むことはない。因果応報。そういうものだ」

 確かにそう言ってしまえばそれまでだ。だけど……。
 もし、もしも王太子殿下がお亡くなりになったとして──。

「もし、王女殿下が王位を継がれることになったら……」
 オズ様は、国王命令でもなんでも出されて結婚してしまうんじゃ……。
 それはなんだか、嫌だ。

 私の言葉にオズ様が苦々しく顔をゆがめる。
「……そうなれば俺は逃亡でも何でもする。あの女と結婚するとか……地獄でしかない」

 そこまで!?
 でも結局はオズ様は逃げることはされないんだろうな。
 だって彼には、大切にしているこのトレンシスがあるのだから。

「それに、王太子を治せば当然莫大な褒賞をもらうことができるだろう。何が何でも治そうとする人間は出てくる。きっと」

 褒賞……。
 お金、地位、それとも──。
 ぁ……そうか……。

 気づいてしまった一つの可能性に、私ははやる気持ちをこらえる。

「セシリア、俺はこれから少し調合室にこもる。君はゆっくりしていなさい」
「は、はい」
 オズ様は私の返事に頷くと、私の頭をひと撫でしてから部屋を後にした。

「……」
 一人応接室に残った私は、たどり着いた一つの思考を巡らせていた。

 ドクン、ドクンと大きく胸が鳴る。

 私が、唯一オズ様にできること。
 この町にできること。
 私が恩を返せるのは、きっとこれしかない。

「……たしか宰相様、ドルト先生の様子を見て帰られるって言ってたわよね」

 つぶやいた私は急いで部屋を出ると、ドルト先生の診療所へと向かうのだった。