来世に期待します〜出涸らし令嬢と呼ばれた私が悪い魔法使いに名を与えられ溺愛されるまで〜


 王都にある王立病院は、国内最大規模の病院だ。
 そんな大きな病院に入りきらないほどの人が押しかけ、入り口は大混雑。
 入りきらずに外にまで長蛇の列ができている状態だった。

「セシリア、行くぞ」
「はい!!」

 馬車から降りて近づくと、次々と罵声が飛び交っていた。

「医者を出せぇー!!」
「こっちは赤ん坊がいるのよ!! 早く診てちょうだい!!」
「年寄りだっているんだ!! 医者はまだか!?」

 怒号飛び交う中、ロビーの至る所で倒れ込んでいる人もいる。
 地獄絵図、というやつだろうか。
 それにしてもひどい状況だ。

「オズ様、まる子、カンタロウ、マスクを」
「あぁ」
 
 私たちまで倒れては元も子もない。
 持ってきた布を口元に巻きマスクにすると、私たちは人込みをかき分け奥へと入っていった。

「おい何があった。話せ」
 近くで叫んでいる男を捕まえて話を聞こうとするオズ様。
「うるせぇな!! 今取り込みちゅ──っ!? 赤い目……!! じゅ、ジュローデル公爵様!?」
 男はオズ様の赤い目を見た途端にひゅぅっと息を吸いこみ、後ずさる。

 やっぱり有名なんだ、オズ様って。
 それが良い意味でか悪い意味でかは分からないけれど。

「何があった? 医師はどうした?」
「そ、それが……全員、貴族街に出払っていて、誰も平民を見る人間がいないんです。力のない赤ん坊一人、助けちゃくれない……!!」

 うなだれる男の腕には、まだ生まれて幾日かの赤ん坊。
 顔を赤くして息も苦しそう……。
 早く何とかしてあげないと。

「オズ様」
 私がオズ様を見上げると、オズ様も同じことを考えていたように深くうなずいてくれた。
 私はそれにこたえるように頷き返すと、男に向いて口を開いた。

「おじ様、その子、少し失礼しますね」
「は? え、おい、何を──」

 私は戸惑う男性の腕の中で苦しむ赤ん坊に手をかざすと、光魔法をゆっくりと送り込む。
 手の平からあふれ出した光が静かに赤ん坊に吸い込まれていくうちに、荒かった息は落ち着き始め、真っ赤だった顔は元の肌の色へと戻っていった。

「はい。これでもう大丈夫ですよ」
「へ? あ……熱くない……? 熱が……熱が引いてる!? そんな……え……!? あ、あなたはいったい……」
「と……通りすがりの悪い魔法使いの助手です!!」
「おい……」

 とっさに出た返しがこれって、我ながらコミュ力が低すぎる。
 だけど間違いではないのだからまぁいいだろう。
 オズ様は呆れているけれど。

「さ、さぁオズ様!! 次々やっちゃいましょう!!」
「あ、あぁ。そうだな」

 オズ様は頷くと、近くにあった椅子の上に立ち、大衆に向かって声を上げた。

「ジュローデル公爵家のオズ・ジュローデルだ!! ここの患者たちは引き受ける!! これから指示を出す!! 落ち着いて指示に従ってくれ!!」

 オズ様の言葉に、さっきまで怒鳴り散らしていた人たちが口を閉ざす。
 彼の赤い目を見て、彼が王家に連なるジュローデル公爵家の人間だということをすぐに理解したのだろう。
 誰も反論する様子はない。

「まず、動けぬほどの重病人はその場で座って待つように!! 風邪症状の軽度の者は第一治療室前のロビーへ!! 回復効果のある薬茶を配る!!」

 オズ様が大声で指示を出すと、皆首を傾げ不安そうにしながらも、大人しくそれに従い始める。
 さっきの子どもを治した様子を見ていたのと、オズ様の権力のおかげだろう。

「まる子はセシリアについてやってくれ。カンタロウはこっちで薬茶の準備を手伝ってくれ」
「わかったよ」
「まかせて」

 頷く二匹を見てからオズ様に視線を移すと、私たちは深くうなずきあった。

「無茶はするなよ」
「はい!! オズ様も!!」

 そして力強く微笑みあうと、私たちは背を向け、それぞれのやるべきことをするため動き始めた。




 一度にたくさんの人に力を向けるというのは、まだ私には難しい。
 だいたい十人程度が限界だ。

 まる子が十人ほどのグループにまとめると、私は1グループずつ丁寧に魔力を流し込んでいく。
 もう何グループ見ただろうか。
 かなりの人数を見たけれど、一向に波は収まらない。
 思ったより重病患者が多いみたいだ。

「セシリア、頑張って。あと少しだよ。もう病院の外には誰もいない」
「!!」

 外にまであふれかえっていた患者はもういない。
 ということは、ここにあふれかえった人だけ?
 着実に終わりが見えてる……!!

「まる子、ありがとう!! あと少し、頑張るね!!」
「うん。早く終わらせてオズによしよししてもらいたいもんね!!」
「は!?」

 なんでオズ様!?
 よしよしって……!!
 それを想像した刹那、私の身体から一気に漏れ出る光の粒子。

 ロビー全体に降り注いだそれは、苦しむ人々の頭上へとシャワーのように降り注ぎ、吸い込まれていった。
 するとロビーに飾られたドライフラワーが色を取り戻し、苦しんでいた人々の顔色も良くなってくるというミラクルな光景に、私は頭を抱えた。

「オズによしよしされる想像だけでこれって、すごいよね」
「うぅ……」

 恥ずかしい……!!
 でもオズ様に頭を撫でられるのは好きなんだから仕方がないじゃないか。

「よしよしだけでこれなら、この場にオズがいて抱きしめられでもしたら、この国中に魔法が届くくらい放出されちゃうんじゃない?」
「もうやめてぇぇええええ」

 私の想像力を刺激しないでほしい。
 本当に。

 顔を厚くしながらまる子と話をしていると、さっきまでぐったりと寝ていた者たちがゆっくり起き上がり始めた。

「苦しくない……!! 治ってる……!?」
「熱くないわ……身体が、すっきりしてる……!!」
「聖女様だ!! 聖女様が治してくれた!!」

 口々に飛び出す驚きの声と聖女という言葉。

 出る、わよね、そりゃ。
 でも、否定も肯定も私はしない。
 ただ──。

「ローゼリア様だ!!」
「聖女ローゼリア様!!」
「あれ、でもこの顔……!! ローゼリア様の妹の……出涸らし姫!?」
「出涸らし令嬢か!! だが、こんなに綺麗な人だったか……?」

 違う。
これだけは否定させて。

 私は出涸らしでも、ローゼリアでもない──!!

 否定しようと顔を上げた瞬間、私の肩に大きな手がそっとかけられた。

「勘違いしてもらっては困る。彼女はローゼリアなどではない。出涸らしなんてものでもない。彼女はセシリア。ただの、セシリアだ」
「!! オズ……様……」

 見上げれば眉間にしわを寄せ、彼らをまっすぐに見るオズ様。
 にじみ出るのは憤怒と嫌悪。

「ローゼリアの妹の顔を知っているということは、彼女が一人出涸らしと呼ばれ小間使いにされているのを知っていたということか? 君たちは知っていて何をした? ただ出涸らしなどと呼び、噂話に花を咲かせ、自分たちに何をするでもなく日々夜会にふけっているローゼリアを崇めた。だが、現実はどうだ? 君たちを助けたのは、聖女とあがめられたローゼリアではない。蔑まれ嘲笑の的にされた、セシリアだろう」

 ピリピリと流れてくる魔力の波動。
 オズ様が、怒ってる?
 私の……ために……?
 …………あったかい……。

 私がそっとオズ様の手に触れると、そのぴりついた波動はゆっくりと静まっていく。
「セシリア?」
「ありがとうございます、オズ様」

 そう言ってほほ笑むと、さっきまで硬く憎悪をにじませていた表情が少しだけ和らいだ。

「……あぁ。……帰るぞ。ジュローデル公爵領へ」

 私にそう言うと、今度は病院の受付の女性に視線を向けた。

「薬茶の残りはここに置いていく。あとは自分たちでなんとかするんだな」

 そう言うと、私の手をきつく握りしめ、私はオズ様に手を惹かれるがまま、病院を後にした。





「まぁ……それでそのままにして帰ってらっしゃいましたの?」
「えぇ。もともと治療が終わったらすぐに帰るつもりだったし、オズ様が帰るというならば私はついていくだけだもの」

 トレンシスの町。孤児院の庭。
 昼下がりの日向ぼっこをしながら、ベンチでお茶をする私とルーシア。

 孤児院に薬茶を届けた後に彼女とお茶をするのが、すっかりいつもの楽しみになっている。

「セシリア、大丈夫ですの? 大衆の眼に聖女の力を触れさせてしまって……。この町の者は公爵様やセシリアを守りたいから内緒にしていますが、他の領地ではそうとは限りませんでしょう? 聖女はセシリアなのだとバレたら、それこそ王家につかまってしまうのではなくて?」

「うっ……」

 そうなのよね。
 聖女が同時に二人存在するなんて聞いたことがない。
 とすれば、お姉様か私か、ということになる。
 妙な騒動になる可能性だって十分あり得る。

「……まぁ、何かあっても公爵様がセシリアを守ってくださいますわ」
「オズ様が?」
 えっと……何でそこでオズ様?

「何とぼけた顔してますの? そういう仲なのでしょう?」
「そういう……って……?」
「だぁかぁらぁ!! 恋仲、なのでしょう?」

 ……はい?

「恋……仲……? …………えぇぇぇぇええええええ!?」

 到底私とは思えぬほどの大声が出て、ルーシアが眉を顰めて耳をふさぐ。
 だって仕方ないじゃないか。
 こんな……こんな……驚かずにいられるわけがない。
 先日覗きだした感情が再び顔を出す。
 いかん。これはいかんぞ。

「そ、そんなに驚くことですの?」
「だ、だって!! オズ様と私は、そんな関係じゃ……」

 ただの居候と家主だし。
 私は助手であり家政婦(仕事内容は料理のみだけど)だし。
 そんな……こ、恋仲とかじゃ……ないし。

「ちがいますの!? あんなにイチャイチャしておいて……違うと!?」
「イチャ!? そ、そんなことしてないよ!?」

 ただ一緒に薬茶を届けにまわったり、一緒に帰って薬茶の世話をする。
 イチャイチャなんてしてない。絶対に。

「大衆の面前で頭を撫でて良い雰囲気でしたわよ?」
「うっ……それは……」
「それにあなた方……気づいていないのかもしれませんが、よく目が合うと二人とも穏やかにほほ笑みあっているじゃありませんの」
「ふぁっ!? えっと……その……」

 その行動理由は誤解であれ、なまじ事実であることでなにも反論のしようがない。

「えっと……、オズ様は、そういうのではなくて、えっと……私の……ご……」
「ご……?」
「ご主人さまよ!!」
「……え……」

 あぁっ。すごい顔でルーシアが固まってしまった!!
 わ、私、そんなに変なこと言ったかしら?

「公爵様、そんな趣味があったの……? 人は見かけによらないって言うけどまさかそんな……ご主人様とメイドシチュで楽しみたいなんて性癖があっただなんて……」
「せっ!? ち、ちがっ、それは誤解だからね!?」

 オズ様の名誉にかけて!!
 そんな特殊な癖はない……と、思う。

「そういうのではなくて……。私は、オズ様のご飯係、のようなもので……。御用が済めば(この世から)お暇《いとま》する身だから……」
「セシリア……?」

 この町の皆が考えているような、そんな関係じゃない。
 オズ様が優しいからここに置いてくれているだけで、それ以上でもそれ以下でもないのだから。
 だというのに、最近感じるこの感情は何なんだろう。

 自分の中に存在するはずのない感情。
 未知の感情に、ここのところは振り回されてばかりだ。
 これの正体に気づいてはいけない。
 そんな気がしてならない。

「……まぁ、良いのではありませんこと?」
「え?」
「あなたが公爵様をどう思っていても、公爵様があなたをどう思っていても。どんな関係であれ。きっと公爵様は、あなたを守ってくださるわ。だって公爵様があなたを見る目、とても優しいんですもの。あんな眼差しを向ける相手を、そう簡単に手放すわけがありません」

 私を見る目が、優しい?
 たしかにオズ様はいつもお優しいけれど……。

「物事はなるようにしかなりませんわ。だけどきっと、悪いようにはならない。私だって、魔力枯らしだとわかって、なるようにしかならなかった。でも、悪いようにはなりませんでしたわ。孤児院の皆さんはとてもいい人たちですし。それに気づくのに、かなりの年月がかかりましたけどね。だけど、今、とても幸せだと思えるのです。だからセシリアも、大丈夫、ですわ」

 なるようにしかならない、か……。
 そうね。考えても仕方がない。
 そして、あれ以上に苦しむことなんてそうないのだから。
 そう思えば幾分か気が楽になる。

「そうね。ありがとう、ルーシア。なるようになるわ、きっと」

 だけどオズ様に迷惑がかかるならば、その時は──。



「……」
「……」

 まただわ。
 眉間にしわを寄せて机の上の書類とにらめっこ。
 オズ様はここのところ夜中によく執務室で難しい顔をして書類を見ている。
 そして時々こんなふうに難しい顔の中に悔しさのようなものが滲んでいるのだ。

 あまり考えすぎて お身体を壊さなければいいのだけれど……。

「……そうだわ……!!」
 たまには執務中のおやつも良いわよね?
 気分転換にもなるし。

 私はそう思い立つと、オズ様の執務室の前からそっと離れて厨房へと降りていった。

 ──トントントン。控えめに扉を叩く。

「オズ様、セシリアです」
「セシリア? どうぞ」

 入室の許可が出て、私は厨房から持ってきたトレーを左手に移し、右手で扉をゆっくりと引き開けた。

「失礼します」
「どうした? こんな時間に。眠れないのか?」

 こんな時間だという認識はあるにもかかわらず、オズ様はまだ仕事をしてるんですね。──なんてお小言、言えない……!!
 でも少しはわかってほしい。
 心配している人間がいるということを。

「あの……これ」
 私は持っていたトレーを執務机の前のローテーブルへそっと置いた。

「ん? これは?」
 オズ様の視線は机に置かれたトレーの上のものへと移る。
 いつもの就寝前の薬茶と、もう一つ。
 白く丸いものが浮いたあずき色のスープ。

「これはおしることいいます。豆を煮てお団子を入れたもので、私の前世の世界の甘味なんですよ」

 この世界にも小豆……ではないけれど、味がそっくりな豆がある。
 あずきというには大きくて、縦の直径が五センチもあるビッグサイズの豆だけれど。
 この豆、もともと甘みの強い豆だからおかずには向かないけれど、スイーツとしてよく使われるのよね。
 砂糖なしで作れる身体にやさしい食材だ。
 甘味好きのオズ様にはきっと気に入ってもらえるはず。

「これでも食べて、少し休憩なさってください」
「……そうだな。わかった。いただこう」

 オズ様は持っていたペンを机に置くと、ソファの方へ腰を下ろしてから、無言で立っている私を見上げた。
「? あ、あの……?」
 戸惑う私に、とんとん、と自分の隣の座席をたたいた。

「そこに立って居られても気になる。座りなさい」
「は、はい、失礼します……!!」
 やや緊張しながらオズ様の隣へと腰を下ろす私を見て、どこか満足げにうなずくオズ様。

「では、いただきます」
 丁寧に手を合わせ、私の前世の食前の言葉を述べると、オズ様はスプーンでそのあずき色のスープをひとすくいし、口に運んだ。

「……っ!! おいしい……!!」

 美味しい、いただきましたぁーっ!!

「なんだこれは……。甘みがしつこくなく、だが確かに味も甘みもはっきりと感じられる……。上品な甘さ、というのだろうか? 嫌味がない味だ。この団子に絡ませて食べると、上品さが際立つな。それに暖かくて、身体の芯から温まるようだ」

 いつもより饒舌な食レポ……!!
 よっぽど気に入ってくれたのね、オズ様。

「ふふ。気に入っていただけたならよかったです。最近、夜遅くまで悩んでいらっしゃるようでしたので」
「……そうか……心配かけてしまったな。すまない」
 少し視線を伏せてから、オズ様は続けた。

「実は、酒の取引について少し考えていてな」
「お酒の?」
「あぁ。この町の名産が酒だということは、以前話しただろう? その産地はすべて王都産にかえられていることも」
「っ……はい……」

 産地偽装。
 自分たちの先祖が難癖付けて追放した公爵家の領地。まさかそこでおいしいお酒が造られることになるだなんて、誤算だったことだろう。
 広く流通させたいがそれでは自分たちのしたことと矛盾させてしまう。
 だから、産地を王都産に変えて売り出すという取引をし始めた。
 
 このジュローデル公爵領トレンシスの町は森に囲まれていて外部との接触があまりない。
 外貨を得るためには、不利な内容であってもそれに飛びつくしかなかったのだろう。
 町の皆もきっとそれがわかっているから、悔しくても受け入れているのよね。

「俺が開発したトレンシスの酒入りの菓子も、全てが王都産として出回っていてな。それらを何とかトレンシス産として売ることができたならば、王都に幾分も取られることなく名産収入が入るのに、と思ってな」

 そうか。
 産地は王都産として売り出されているから、普通領地に入る分が王都と分け合った上での収入になってしまうのか。
 トレンシスは地図にすら載ることが許されなかった町。
 当然観光客だっていないし、領地としての収入は少ない。
 町の設備のほとんどもおそらく公爵家のお金で賄っている状態だ。
 このままじゃ──。

「このままではいずれ遠くない未来、トレンシスは立ち行かなくなる」
「っ……」
 トレンシスがなくなるかもしれない……?
 そんなの……嫌だ……!!

「公爵家は残るだろうが、トレンシスがなくなれば公爵家に意味はない。あそこは、祖父母についてきてくれた人々の町。何もない場所に移ってきてくれた人たちが一から作り上げた、大切な町なのだからな」

 追放されて領地を移された時についてきてくれた人たちと作り上げたトレンシス。
 今までの領地から新しい領地、しかも地図にも乗ることのない断絶された場所への移動は、さぞ不安だったろう。
 それでもついてきてくれた人々がいたから、あの町はできたのよね。
 だからここはこんなにも領民と領主の仲が良いんだと思う。
 まるでそう、家族、みたいな。

「オズ様、トレンシスは──」
「大丈夫だ。俺が、何とかできるように考える」

 ここのところ難しい顔で考えてらっしゃったのは、このことだったのね。
 残念だけれど、権力も何もない私にはなにもできない。
 ただ、見守る事しか。

「……ちゃんと、寝てくださいね?」
「あぁ。最近は前よりも眠れているから、大丈夫だ。ありがとう、セシリア。君も早く寝なさい」

 オズ様の大きな手が私の頭をそっと撫でる。
 この流れもなんだかとても自然に感じられるようになってしまった。

「はい、おやすみなさい、オズ様」
 私は立ち上がると、静かに扉の方へと歩いていく。

「セシリア」
 ふと呼び止められて振り返ると、いつもクールなオズ様がふんわりと優しい笑みを浮かべて私を見つめていた。

「とてもおいしかった。ありがとう」
「っ……!! はいっ!!」

 この優しい領主様に、この優しい町に、今、私ができることは何だろう。

 そんな答えの見えないことを考えながら、私は眠りにつくのだった。



 翌朝早くに、その人は来た。

「お久しぶりです、フローシェ宰相」
「あぁ。しばらく見ぬうちに、立派になられた。愚息が世話になっております。オズ・ジュローデル公爵」

 白く整えられた髪と口ひげ。
 片目のモノクル。
 一つの乱れもない衣服。

 このアーレンシュタイン王国の鬼の宰相、フローシェ宰相閣下──!!

 ドルト先生のお父様ということだけれど……うん、やっぱり似てないわ。

 そしてその唯一似ているといえる緑色の瞳が、お茶をお出しする私をちらりと横目でとらえた。

「あなたがローゼリア嬢の──」
「宰相。今はセシリアです。ローゼリアは関係ない。ただの、俺の助手の、セシリアです」

 言葉をさえぎってぴしゃりと言い切ったオズ様に、宰相様がその小さなビー玉のような緑の瞳を大きく見開いた。

「そうか……。失礼した。初めまして、セシリア嬢。私はアーレンシュタイン王国宰相、テレシス・フローシェだ。ドルトからジュローデル公に良い人ができたということは聞いていたが……そうか、あなたが」
「いっ!?」

 良い人!?
 って、そういう、あれよね?
 ドルト先生なんてことをーー!?

「ドルトのやつ……。ちがいます。彼女はそういうのでは──」
「まぁまぁ、照れることはない。大切な存在があるというのはとても良いことだ。お父上、お母上もさぞ喜んでおられるだろう」

 人の話を全く聞いていない……!!
 あぁ……まぎれもなくドルト先生のお父様だわ……。

「ごほんっ。それで宰相。今日はどのような?」
「あぁ。それが……王都を襲った流行り病についてな──」

 流行り病……。この間の……。
 嫌な予感しかしない。
 それはオズ様も同じのようで、ぐっと眉間にしわを寄せている。

「ジュローデル公爵家のおかげで、王都の人々の流行病は収まりつつある。病院の方も落ち着きを取り戻した。それについて、感謝を述べさせてくれ」
「……それで? 感謝を言いにわざわざ来たわけではないのでしょう?」
 赤く鋭い瞳が宰相閣下を射抜く。

「……あぁ、そうだな。本題と行こうか。……実は、クリストフ王太子殿下が、その流行り病にかかってしまってな……」
「!! ……ひどい、ということですか?」

「あぁ。もともと身体のお弱い殿下には今回の流行り病は強すぎて、薬もなかなか効かず、食事も摂れていないから体力がどんどんなくなっていって、起き上がる事すらできない状態だ」

 王太子殿下が……。
 今回の流行り病はそれまでのものよりも強い。
 身体の弱い方やお年寄り、子どもは重症化しやすい傾向にある。
 起き上がる事すらできないって、かなりひどい状態なんじゃ……。

「王家も深刻な状態に頭を悩ませていた、そんなときに王立病院でジュローデル公爵とローゼリア嬢の妹君が、苦しむ人々を一瞬で救っていったという話を聞いてな。助けを乞いたく、ここまで来た次第だ」

 やっぱり、私たちのこと、噂になっていたのね。
 それもそうか。あれだけ大勢の人に力を使ったのだから。
 さすがに疲れて馬車の中でオズ様にもたれて眠ってしまったことを思い出して、私は首を横にぶんぶんふって振り払う。

「……うちに来ずとも、ローゼリア・フェブリール男爵令嬢がいるでしょう。神殿が聖女と認定した女が。それに、王太子の婚約者でもある。そちらに治癒させればいいのでは?」

 少しばかりいら立ちをにじませながらオズ様がそう口にすると、宰相様は苦々しい表情で頭を抱えた。

「ローゼリア嬢は未だ力を使うことができず……。フェブリール男爵家に救援要請に向かっても、ローゼリア嬢はやまいに臥せっていて会えないと一点張りで……」
「仮病か。散々持ち上げた結果がこれとは、哀れなものですな」

 オズ様の直球的な批判。
 私のために怒ってくれている。
 それが申し訳なく感じながらも、嬉しいと思っている自分がいる。
 だけどお姉様……。あれだけ王太子殿下と仲がよさそうだったのに。
 せめて傍についてあげられないのかしら。

「そうだな。それに関しては何も言えない。陛下は妹君の噂を聞いて、私に探してくるようにおっしゃった。だが──無理強いはしない」

「え?」

「あなたを見るジュローデル公爵の目は、とても大切なものを見る目だ。あなたはここでひっそりと幸せになるのが一番だと、今の様子を見て感じてしまった」

 大切なものを見る目?
 オズ様が、私を?

「やはり私は帰ろう。突然来てしまってすまなかった」
「大丈夫なんですか?」
「どうにかなる。殿下が耐えきることができなかなったとして、最悪、王女がいる」

 王女……ってあの……。
 オズ様のことが好きだって言う?

「アレが国の実権を握ったら悪夢ですな……。王太子がどうにか耐えきるよう、俺も微力ながら魔法薬茶を作ってお送りしましょう」
「あぁ、助かる。さて、愚息の様子でも見てから帰るかな。それではジュローデル公爵、セシリア嬢、失礼するよ」

 そう言って宰相様は立ち上がると、見送りは大丈夫だと断りを入れて部屋を出ていった。



「大丈夫でしょうか……宰相様。私が依頼を断ったせいで陛下に罰を下されたりは……」

「そこらへんは大丈夫だろう。陛下はその親とは違って分別の付くまともな方だからな。それに、宰相がもし罰を受けるとしても、奴らのために君を差し出すことはできない。君の姉がクズなのを見抜くことができなかったのも、君のことを知りながら放置して何もしてやらなかったのも、自分たちの落ち度だ。王太子が婚約者の妹のことを知らないはずなどないのだからな」

 確かにそうだ。
 何度かローゼリアお姉様を訪ねてうちに来られた時、ご挨拶はしているもの。
 ぼろぼろのドレスで掃除をしているのだって見られたことがある。

 それでも殿下は、それを見ないふりをした。
 まるでそれが当り前の光景かのように。
 《《そういうもの》》なのだと、私を認識していたんだと思う。

「セシリア」
「はい」
「君が気に病むことはない。因果応報。そういうものだ」

 確かにそう言ってしまえばそれまでだ。だけど……。
 もし、もしも王太子殿下がお亡くなりになったとして──。

「もし、王女殿下が王位を継がれることになったら……」
 オズ様は、国王命令でもなんでも出されて結婚してしまうんじゃ……。
 それはなんだか、嫌だ。

 私の言葉にオズ様が苦々しく顔をゆがめる。
「……そうなれば俺は逃亡でも何でもする。あの女と結婚するとか……地獄でしかない」

 そこまで!?
 でも結局はオズ様は逃げることはされないんだろうな。
 だって彼には、大切にしているこのトレンシスがあるのだから。

「それに、王太子を治せば当然莫大な褒賞をもらうことができるだろう。何が何でも治そうとする人間は出てくる。きっと」

 褒賞……。
 お金、地位、それとも──。
 ぁ……そうか……。

 気づいてしまった一つの可能性に、私ははやる気持ちをこらえる。

「セシリア、俺はこれから少し調合室にこもる。君はゆっくりしていなさい」
「は、はい」
 オズ様は私の返事に頷くと、私の頭をひと撫でしてから部屋を後にした。

「……」
 一人応接室に残った私は、たどり着いた一つの思考を巡らせていた。

 ドクン、ドクンと大きく胸が鳴る。

 私が、唯一オズ様にできること。
 この町にできること。
 私が恩を返せるのは、きっとこれしかない。

「……たしか宰相様、ドルト先生の様子を見て帰られるって言ってたわよね」

 つぶやいた私は急いで部屋を出ると、ドルト先生の診療所へと向かうのだった。





 ドンドンドン!!

「ドルト先生!! いらっしゃいますか!?」
 息を切らしながら診療所へたどり着くと、私は扉を強く叩く。

 どうかまだ宰相様がいらっしゃいますように……!!

「はーい、ちょっと待ってね」
 という声と共ににこやかに出てきたドルト先生に、私は「宰相様は!?」と詰め寄る。

「え? あ、あぁ、中に──」
「失礼します!!」
「え!? ぁ、ちょっ!?」

 ドルト先生を無作法にも突き飛ばしながら、私は診療所の中へと突き進んでいく。

「おや、あなたは──」
 診療所の奥の応接室に、彼はいた。

「宰相様、不躾に申し訳ありません。あの……お聞きしたいことがあって……」
「聞きたいこと? 何だね? 私に答えられることであれば、何でも言ってみなさい」

 男爵令嬢の私なんかが、宰相閣下を突然訪ねて質問を迫るだなんて、本当ならあってはならないことだと思う。
 それでも真剣に向き合ってくれた宰相様に、私も真剣に向き合う。

 一度大きく深呼吸をすると、私はゆっくりと口を開いた。

「宰相様。もし……もしも殿下の病気が治ったら……。その時は見返りを頂くことはできますでしょうか?」
「見返り? あぁ、褒賞のことか。まさかあなたからそんな提案がされるとは……」

 私が見返りを求めるような人間には思えなかったのであろう宰相様は、驚いたようにそう言って笑った。

「ははっ、いや、すまない。見返り、だな。あぁもちろん、何でも好きなものを与えよう。もともと陛下からも、どんな望みも叶えるよう言われていたのだからな」

「!! なら……、もし私が殿下の病気を治したら、一つだけお願いを聞いていただきたいのです」
「ほう、いったいどんな?」

 モノクルをくいっと指でつまみ上げて、宰相様がまっすぐに私を見る。
 私はそれから視線を逸らすことなく、緊張で震える手をぐっと握りこむと、ゆっくりと口を開いた。

「……トレンシスのお酒の産地を、王都ではなく、トレンシスのものだと明記していただきたいのです」
「!! セシリアちゃん……!!」

 トレンシスとして売り出すことができれば、トレンシスを知ってもらうきっかけにもなるし、領収だって上がる。
 この町がなくならずに済むかもしれない。

「それが、あなたの望みか……? 自分の地位の向上ではなく?」
「地位? そんなもの私には必要ありません」

 だって私には、今世の地位なんて無意味なのだから。

「そんなものより私は、この町の──オズ様の力になリたい。この町を一つの町として存続させることができるならば、私はなんだってします」

 何にもたなかった私にとっての一番大切なもの。
 それを守ることができるなら、もしここに帰ってくることができなくても、それでもいい。

「……わかった。トレンシスの町については、陛下も苦心していたこと。王太子殿下の病を治した褒賞とすれば、陛下がトレンシスを解放するきっかけにもなろう」

「!! ありがとうございます……!! なら私を……私を、王太子殿下のもとへ連れて行っていただけますか?」
「セシリアちゃん駄目だ!!」
「あぁもちろん、感謝する」
「親父!!」

 必死に止めるドルト先生を無視して、私たちの話は進んでいく。

「一度ジュローデル公爵家に戻るかね?」
「っ……いいえ。このままで」

 戻ればきっと、優しいオズ様は私を止めるだろう。
 トレンシスに戻ってこれる保証がないのに、そんなことをする必要はない、と。

「……わかった。では、いこうか」
「はい」
「セシリアちゃん!!」

「ドルト先生。オズ様に、ごめんなさい、って伝えておいてください」

 いつしか無駄に言うことのなくなった口癖。
 謝罪の言葉は無駄打ちするものではないと、ここで教えてもらったんだ。

 そう言い残すと、私はここぞという時の謝罪の言葉を残し、このトレンシスを去った……。


「……よかったのかね?」
「え?」
「いや……。ジュローデル公爵に何も言わずに出てきて」

 王都へ向かう馬車に乗って、向かいに座る宰相様がためらいがちに尋ねた。

 何も思わないわけではない。
 なんて不義理なことをしてしまっているんだろうとい、若干の罪悪感は否めない。
 今度こそ嫌われてしまったかもしれないという恐怖も。
 でも──。

「私は一番大切なもののためなら、何を思われても大丈夫です。たとえオズ様が私を嫌いになってしまっても。私は……大丈夫、です」

 嫌われることをいまさら恐れはしない。
 なのにどうしてか、オズ様に嫌われることを想像すると、全身から温度が失われていくような、そんな気がしてしまう。
 それでも私は、自分に「大丈夫」だと、そう言い聞かせる。
 だってそれが私の、最善だから。

「……そうか……。すまない。あなたにばかりつらい思いをさせて。……気づいていたのだ。私も、陛下も、殿下も。聖女として認定された姉のもとで小さくなっていくあなたに。だが気づいていて、誰も何も言わなかった。手を差し伸べたのは、なんとなく気づいていた我々ではなく、噂も聞かぬ辺境に住む、オズ・ジュローデル公爵だった。私たちはいつもそうだ。ジュローデル公爵領、トレンシスの不当な扱いに気づいていながら、過去の決断にとらわれて何もしてこなかった。変わるべきは、われわれの意識だというのに」

 誰もが気づいていながら、見て見ぬふりをする。
 その結果が今のトレンシスだ。
 ……そうか……。
 トレンシスは──私なんだ……。
 オズ様が手を差し伸べてくれる前の。

 滅びゆくのをただ待っていた脆い私と同じ。
 なら今度は私が、トレンシスにとってのオズ様になる。

「そんな中ドルトは一人、自分で考え、われわれの思う常識を壊し、ジュローデル公爵領へと移り住み、医師になった。私は、君やドルトを尊敬するよ」
「ドルト先生はオズ様と幼馴染なのですよね?」

 確かタウンハウスがトレンシスに会って、よく一緒に遊んでたって言ってたっけ。

「あぁ。もともと私や妻と公爵夫妻は仲が良くてね。あの町にタウンハウスを構えて、よく行っていたんだ。空気の良いあの町で、ドルトの出産もしてね。それから年に何度もドルトを連れてタウンハウスに行き、そのたびに二人でよく遊んでいた」

 小さなころのオズ様とドルト先生。
 二人が遊ぶ様子は今からじゃ想像がつかないけれど、きっと二人とも、今とあまり変わらないんだろうなぁ。

「ジュローデル公爵のお父上とお母上のことがあって、ドルトはとても心配していた。そして自分にできることを自分なりに考えてきたのだろう。王立学園を卒業してすぐに医学の学校へ行きたいと言い出してね。その理由がトレンシスの医師として、トレンシスを支えたいからだって。それから二年。医学校へ通い、医師免許を取ったドルトは、宣言通り家を出てトレンシスの医師になった」

 貴族として生きてきた彼が家を出て辺境の医師になるというのは、いったいどれだけの覚悟を持ってのことなのだろうか。
 私には想像もつかないけれど、それだけの決意をするほどに、きっとドルト先生はオズ様のことが大切だったんだ。

 今の私のように。

「ドルト先生は、皆に慕われる大切なトレンシスのお医者様です。きっとこれからもあの町を守ってくださる」
「……あぁ。それはあなたもだ」
「私も?」
「あの町に、いや、ジュローデル公爵にとって、かけがえのない大切なものだ」

 私が……かけがえのない……?

「なるべく情報はフェブリール男爵家に行かぬよう、規制をしよう。殿下のことが終われば、すぐにでも帰ってもったらいい。あとはこちらで何とでもする」
「え、でも……」

 混乱しない?
 お姉様か、私か、どちらが本当の聖女なのか、と。

「大丈夫。もしも何かあっても、彼らならきっと……」
「?」
「あぁ、城が見えた。さぁ、これからすぐに殿下の部屋に来てもらうことになるが……良いかな?」

 殿下のお部屋に。
 私はごくりと喉を鳴らすと、意を決して宰相様に視線を向け、頷いた。

「はい。……いつでも……!!」


SIDE オズ

 王太子が流行り病に、か……。
 あの病弱な男が今年の流行り病に、となると……。

「……五分五分、か」

 正直奴がどうなろうと俺には関係ない。
 一応親戚関係にあるクリストフ王太子とは、王都に行くと話をする機会も多い。

 あいつからローゼリア・フェブリールの話は飽きるほど聞いた。
 とても美しく愛らしい女性なのだと。
 孤児院の慰問の際には、子供たちに手造りのマフィンを焼いて持ってきてくれる、 優しい人なのだと。

 俺はただそれを聞き流していたが、今ならわかる。
 そのマフィンはあの女じゃない。
 セシリアが焼いたものだと。

 あいつからは、ローゼリア・フェブリールの話は出ても、その妹の話は一度たりとも出ることはなかった。
 だからか、俺はセシリアを見てもあの女の妹だとは気づけなかった。
 彼女の境遇もすべて。

 もっと早く知っていたなら……。
 そんな思いが巡る。

「オズ、こっちの薬草の下処理、終わったよ」
「あぁ、ありがとう、まる子」

 まる子にはローゼリアの棘を処理してもらっている。
 見た目は美しいこの花の棘には毒がある。
 危険薬草として厳重に保管していたが、棘以外には鎮静の効力がある。
 あの女と同じ。
 見た目の美しさに騙され使い方を間違えれば、強力な毒に蝕まれる。
 
 まさかセシリアに毒入りの棘を取らせるわけにはいかないからな。
 その点、精霊であるまる子には、毒は効かないから、こういう時には助かる。

「そういえば、カンタロウはどうした?」
「町を徘徊──……見回りがてら飛んでくるって言って朝から出ていったよ。そろそろお腹がすいて戻ってくるんじゃない?」

「……そうか」
 まぁ、もともと神出鬼没な奴だ。
 気にすることはないか。
 にしても、セシリアはゆっくりできているだろうか?

 彼女を王太子のもとにやりたくないのは、もちろんフェブリール男爵家に連れていかれたくないというのも、王家に囲われるのを避けたいというのもあるが、一番はただ、嫌だったからだ。

 セシリアが他の男のもとに行くのが。
 ドルトや師匠には思うことのなかった感情に、自分でも驚いている。
 が……確かにそこにあるのは強い独占欲なのだと、気づいてしまった。

「はぁ……子どもか、俺は」
 初めての感情に机に突っ伏して頭を抱える。
 それを見てまる子がクスリと笑うのが聞こえた。

「笑うな」
「ごめんごめん。──オズはさ、やっぱりセシリアのことがとっても大切なんだよ。自分でも気づいてるんだろう? 他とは違う、って」

「っ……あぁ。わかってる。セシリアがいつの間にか自分の中で大きくなっていたことも、彼女が大切で、守りたい存在になっているということも」

 それは認めるほかないだろう。
 だが──。

「だが彼女もそうだというわけではない」

 もしも拒絶されたら?
 他の誰かに拒絶されたとしてもさほど傷つくことはないだろう。
 だが、彼女に拒絶されるのは──想像するだけで胸が痛む。

「ふはっ、甘酸っぱいねぇ」
「だから笑うな」

「ごめんごめんって。でもさ、あの子はそんな子じゃないよ。あの子はオズをとても信頼しているし。今はもしかしたらそれは鳥の雛の刷り込みのようなものかもしれない。でもさ、オズが気持ちを見せたとして、それに流されるような弱い子でも、それを真っ向から拒絶するような臆病な子でもない。なんたって、悪い魔法使いの噂を知りながらも、オズを訪ねてきた子なんだからね。だから大丈夫だよ。もっとオズの気持ちを出してみたら?」

 確かにそうかもしれない。
 悪い魔法使いの噂を知りながら彼女は恐れることなく俺を見た。
 弱くもない。
 臆病でもない。
 むしろある意味、彼女は誰よりも強い女性だ。

「……そうだな。少しずつ、だが……」
 俺もこんな気持ちは初めてでどうしたらいいのかなんてわからないんだ。
 そう焦ることもない。

「ん。僕らも応援するよ。それはもうトレンシスの町を上げて、ね!!」
「それはやめてくれ……」
 げんなりする俺にまる子が笑った、その時だった。

 バンッ!! ──「オズ!!」
 大きな音を立てて勢いよくドアが開けられた。

「ドルト……騒々しいぞ。ノックを──」
「それどころじゃないんだよ!! セシリアちゃんが……セシリアちゃんが親父と王都に──!!」

「!? なんだと!?」

 どういうことだ……。
 セシリアが、王都に?

「まさか無理矢理!?」
「違う。あの子は、褒賞を願い出たんだ。自分が王太子殿下を治したら、トレンシスを認め、酒をトレンシス産として売り出すようにしてくれ、って」
「──っ!!」

 まさかこの間の話を気にして……?
 っ、俺のせいだ……!!

「すぐに向かう。ドルト、まる子、町を頼む。俺は馬で行く」
「わかったよ」

 俺は二人にこの町のことを頼むと、厩につないでいた愛馬に乗り、王都へと駆けた。