今日も温暖エリアの薬草は青々としている。
あ、こっちの眼静草《がんせいそう》はもう収穫してもよさそうね。
眼静草は薬草といっても茶葉にするものではなく、すりつぶしてガーゼで包み、目に貼って疲れをとる貼り薬として使われる。
これがまたよく効く薬で、一度試しに夜に貼ってみたら刺激が強すぎて目が冴えてしまい、なかなか寝付けなくなってしまったことがある。
それからは少量を水でよく溶かしてから使うようになったのは言うまでもない。
ここに来て一か月半。
薬草のことを勉強させてもらって少しずついろんなものがわかるようになった。
うん、来世は薬屋さんになるのもいいわね。
あぁでも……死んだら今の記憶全部、忘れちゃう、わよね……。
まる子のことも。
カンタロウのことも。
オズ様のことも──……。
「……それ嫌……だな……」
「何が嫌なんです?」
「ひゃぁ!?」
つぶやいた独り言に帰ってくるはずのない応答が耳元で聞こえ、私は思わず身体を跳ね上がらせた。
「お、お師匠様!?」
「やぁセシリア。精が出ますね」
にっこりと穏やかにほほ笑む美しいエルフが、そこにいた。
相変わらずお師匠様は神出鬼没だ。
オズ様曰く、いつもはエルフの里にいてあまりここに来ることはないということだったけれど、割と頻繁に訪れては修行をつけてくれたりお菓子をつまんで行ったりする。
が……突然現れるのはやめてほしい。
心臓に悪いから。
「あの、せっかく来ていただいたのですけど、オズ様は今はお留守で……」
「知っていますよ。今日はセシリアに会いに来たんです」
「私に?」
お師匠様が私単体に会いにくるだなんて珍しい。
一体どうしたんだろう?
「今日は特別に、天空の神殿へご招待しようと思いまして」
「天空の……神殿?」
何それ。
この国にはいくつも神殿というものはあるけれど、天空の神殿なんてものは聞いたことがない。
「ふふ。空の上にある、エルフの大切な神殿です。里の真上にあり、私たちの里を隠し、守り続けてくれている場所ですよ」
「エルフの……?」
誰もその場所を知らないエルフの里。
エルフ自体がもはや幻の存在だというのに、エルフの神殿まで存在するだなんて。
メルヘンだわ。
「でも天空って、どうやって? 私飛べませんよ?」
「大丈夫。私の手に触れて、目を瞑って。良いというまで決して目を開けてはいけませんよ。酔ってしまいますからね」
にっこりと笑うお師匠様の言うとおりに、とりあえず差し出された両手に自分のそれを重ね、瞑目する。
「準備は良いですか? いきますね」
「はいっ」
私が答えたその瞬間、ふわりと私の身体の周りを風が包み込む感触を感じ、そして同時に、まるで前世であったエレベーターにでも乗っているかのような、ぐわん、とした重力を身体に感じた。
「──さ、着きました。目を開けてください」
言われたとおりに恐る恐る目を開けると──「わぁ……すごい……」──そこはもくもくとした真っ白な雲の上。
そして真ん中にそびえるのは白い石造りの小さな神殿。
「ここが天空の神殿です。この地面の雲は神殿の魔力で固まっていて落ちることはありませんが、端に行けば当然切れ目はあるのでお気をつけて」
「は、はいっ」
怖っ!!
勝手に動かない方がよさそうね。
私は来世を希望しているけれど、あくまで綺麗に楽に痛み無く逝きたいのだ。
こんなところから落ちてぐしゃりとなって逝きたくはない。
うん、お師匠様について歩こう。
私はぴったりとお師匠様について神殿へと足を踏み入れた。
──「真っ白……」
神殿の内部は外部と同じようにシンプルなもので、色は白一色。
そして奥にはただ一体の石像があるだけ。
「この人……」
長い髪に穏やかな眼差し。
色はついていない者の、その美しさは十分伝わってくる。
「その人は、私の母です」
「母? え、でも……」
耳が、尖ってない。
エルフの特徴はその長く尖った耳なのに。
「正確には血は繋がっていません。もう千年以上も前。幼い頃私は、両親を人間に殺されました」
「!!」
両親を……人間に……。
「あの時代、エルフは今よりも多く、人の里を行き来することもあったのですよ。エルフの里の酒を届けに父母について人里に向かって、その帰り、私たちは襲われました。当時エルフを食えばその膨大な魔力が手に入ると言われていたからです。エルフの里に帰る途中の野宿をしているところを奇襲をかけられた私たちは、それでも負けるはずはなかった。でも、心優しい両親は人間を殺めることもできず、幼い私を守りながら、結局……。一人になった私はひたすら森を走りました。まだ移動魔法を知らない子供のエルフに、里へ帰る力もなく、ついには森の中で倒れてしまったのです。そんなときに、私を拾ってくれたのがこの方。初代聖女フィーアリアです」
「初代……聖女……!?」
この世界で聖女が現れたのは確か初代と二代目のみ。
二代目の聖女も百年以上前の話で、ローゼリアお姉様が聖女だと認定された時には国を挙げて盛り上がっていたものだけれど、この方が……。
「強い力を持つ大魔法使いでもあった彼女は、私を里に送ってくれました。そこで私達エルフを守りながら、私を育ててくれた。里の場所を変え、人に見られぬよう隠してくれたのも彼女です」
聖女で大魔法使い……。
まさしく最強の大聖女じゃないか。
「ここに、彼女が眠っています。今も里を守ってくれている。セシリア。その力は基本的には人を癒し、守る力です。ですが、戦う力としても使うことができる、いわば万能の力です。使ってはならない、とは言いません。でもどうか、あなたには人を癒す人であってほしい。二代目の聖女は王家に嫁ぎ、その力を戦いに使いました。それにより国は栄えたのだから英雄ともいえるのでしょうが、その裏で亡くなった者も大勢いるのです。セシリア、どうか、あなたはあなたのまま、あなたらしい聖女で会ってください」
聖女の力は人を癒すものにも、人を傷つけるものにもなる。
……私は、そばにいる誰かを癒すことができれば、それでいい。
「はい。私は、私の周りにいる、大切な人達を守るために力を使います。フィーアリア様のように」
そうして見上げた先で、もう動くことのない彼女が微笑みかけてくれた。そんな気がした。