『そうだ、解毒剤……まだ間に合うかもしれない』

 悲嘆にくれる感情の中に残っていた冷静な部分がディーンを突き動かし、彼は人間の姿になってウェンディをアデルバードのもとに運んだ。

 ちょうどアデルバードが、ディーンの咆哮を聞いてただならぬ事態が起こったと察して駆けつけていたためすぐに会うことができた。
 
「殿下、何があったのですか?!」
「ウェンディが侵入者を拘束した際に毒を受けた。眠るように死ぬ毒らしい。お願いだから助けてくれ……!」

 アデルバードの迅速な対応のおかげでウェンディは解毒剤を与えられたが強力な毒の威力は強く、高熱が引き起こされては生死の間を彷徨うこととなったが、アデルバードが手配した優秀な医師の治療のおかげで峠を越えた。
 
「なぜ毒が抜けたのにウェンディは目覚めない?」
「体が弱っているから回復しているところです。あとは彼女自身の治癒能力に頼るしかありません」
 
 医者の言葉にディーンは歯噛みした。

 瞼を閉じたままのウェンディを前にして、自分は何もできたいことが悔しくてならなかった。

「早く目覚めさせる薬はないか?」
「う~ん……言い伝えですが、竜の鱗を煎じると霊薬ができると言われていますが……」

 そこまで言い、医者は口を閉ざした。竜人の王に言うべきではなかったと、青ざめて謝罪する。

(いつになったら、ウェンディは目覚めてくれる……?)

 ディーンの悲しみは怒りへと変わり、その矛先はウェンディに毒を塗ったあの不審者へと向けられた。

「……許せない。私の番を傷つけるなんて……――」

 自分の口から零れ出た言葉に、ディーンは我ながら驚いた。

(私は今、番と言ったのか……)

 竜人の王族の中には竜の血が濃い者が生まれ、その者は自分の運命の番がわかるという話を聞いたことがある。それなら自分よりひ弱な人間に惹かれてしまうこの状況に説明がつく。

「……そうか、ウェンディが私の番……」
 
 自分よりも小さくてひ弱なのに、命がけで助けてくれた愛おしい番。
 
 いくら相棒を助けるためとはいえ、刃物を持った相手に飛びかかるのは勇気がいるはずだ。

「もう二度とこのようなことが起こらないように、あなたが目覚めた時は平和な世界になるよう戦ってくる。だからどうか、その時は目を覚ましてくれ」

 本当は番のそばにいたいが、ディーンには守らなければならない国と国民がいる。

 名残惜しさを抱いて祖国に帰ったディーンは仲間と合流し、反乱を起こして瞬く間に暫定政府から国を奪還した。

 その後政務の合間を縫っては竜に姿を変えてフォーサイス辺境伯領の領主邸へと向かい――ウェンディの様子を見ていたところ、彼女のが目を覚ましたのだった。

 歓喜に打ち震えたディーンはすぐさまウェンディに求婚したが、ウェンディは戸惑いを見せた。
 
「普通に恋愛して、好きな人と結婚したかったのに……」
 
 竜人のディーンとは違い、人間のウェンディは自分の番がわからないのだ。
 番の望まないことはしたくないが、それでも彼女を伴侶にと望んでしまう。

 ディーンはもう、愛する番を手放すつもりはない。