軽く会釈したその人は、さっきまでずっと考えていた藤崎くん。

 すっきりとした清涼感のある整った顔に、さらさらの黒髪。

 そして、何を考えているかわからない、印象的な真っ黒な瞳。

 私だって何も知らないままで居た幸せな時には『藤崎くんって、何考えているかわからなくて、ミステリアスで格好良いよねー!!』なんて、黄色い悲鳴あげて喜んでいたというのに、私……すごくそれが今は怖い。

 う……いやいや、前世私を裏切って殺したかもしれないけど、今世では何もされてないもん!

 失礼だよね……駄目だよね。

 そういう不確定要素で、人を避けてしまうのは。

「ど、どうもー! え。何々。待たせちゃった? ……どうして、藤崎くんがここに居るの?」

 私はなるべく、平然を装って教室の中に入った。

 藤崎くんは絵里香ちゃんの斜め前の席に座っていた。

「美波ちゃん。この前に得意な人に、数学教えて欲しいって言ってたでしょ? 藤崎くんの部活、県大会の予選早めに負けちゃったから、テスト前の休みに入ったんだって。だから、共通の知人通じてお願いしちゃった……」

 絵里香ちゃんの前に、まるで可愛い豆柴が『褒めて褒めて』と尻尾を振っているまぼろしが映った。

 多分、友人思いの絵里香ちゃんは私に喜んで貰えると思って、共通の知人に根回しして……私を驚かせようと思って、これまでに黙っていたんだね……。

 サプライズプレゼント、みたいな感じだよね……! 優しくて可愛くて、涙が出て来る。

 うん。この前に藤崎くんに数学教えて欲しいって、言った言ったぁ……確かに、私が希望しました。