そんな私は、今日もひだまりにて夕食をごちそうになっている。 私はあまり料理が得意な方ではないので、もっぱら接客ばかりを手伝っている。料理上手な海が少しうらやましい。

なので、この時ばかりは私は食べる要員にしかなれない。カウンターの隅の席は私の定位置で特等席。ちょうど調理場が見えて海とそのお父さん、一翔さんの手際よい料理の様子を眺めることができるのだ。
今日のメニューはお店の看板であるナポリタン。その食欲をそそるトマトの香りはいつ食べても本当に美味しい。私の一番好きなメニューでもある。


そんな私にも1つだけ得意なことがある。海のお母さん直伝のコーヒーだ。亡くなる前、海の家に遊びに行くと必ず海のお母さんである灯子さんがコーヒーを淹れてくれた。
「子供にはまだ早いかしら?」なんて言って。豆から挽いて作る本格的なコーヒーで、子供の舌にはほろ苦くてミルクとお砂糖をたっぷり入れてもらっていた。

そのうち私も興味を持つようになって、コーヒーを淹れ方を教わるようになった。海とはよくどちらが上手く作れるか競ったものだ。
「ほのかちゃんは本当に上手ね。私よりも美味しいわ。海は一翔さんといっしょでコーヒーを淹れるのだけは苦手なのね」と、結果はいつも私が勝って海は悔しがっていた。

だから、海のお母さんが亡くなってからの、この時は私がコーヒーを淹れている。今日は少し寒いからみんなホットかなと思いつつ、いつも通りカウンターに入ってコーヒーを淹れる準備をする。


「一翔さん、海、コーヒーはホットでいい?」

「ほのかちゃん、いつもありがとうね。僕はどうにも灯子さんみたいに上手じゃなくて…ホットでお願いします」

と、海のお父さん。

「俺もホットで」

と海も言ったので今日は3人ともホットだ。

豆は海のお母さん直伝のブレンドで、この味しかという常連さんがたくさんいる。海のお父さんは、お客さんに下手なものは提供できないと私がいる時しかこのコーヒーを提供できないのが悔やまれる。できるだけ手伝える日は手伝いたいのだけれど、学校もあるしなかなか難しい。

「大学に行ったら必ずもっと手伝います!」と意気込んだら海のお父さんには「ありがとう。でも、他にやりたいことが見つかったら大丈夫だからね。ほのかちゃんがやりたいことをしていいんだよ。」
と、やさしい言葉。無理にやっているんじゃなくてやりたいからやってるんですよと毎回言っているのだけれど、気を使わせてしまって申し訳ない。

そんなことを考えながら豆を挽いて、お湯を準備して、コーヒーを淹れる。トポトポとコーヒーを淹れる音は心地よくて毎回癒しの存在だ。


「ほのかちゃん、ナポリタンできたよ。今日はほとんど海が作ってくれたんだよね。ほのかちゃんのためならって海も張り切っちゃって。」

「ちょっと、父さん!」


海は慌てて父の言葉を止めている。すぐ耳が赤くなるので昔から分かりやすい。そんなところが好きなのだけれど。
ちょうどコーヒーもできたので、カウンターに3人ぶんのカップをコトリと置いた。


「あっ、忘れてた。ごめん。トマトがなくなっちゃって、明日のために買い出しにいかないといけないんだ。コーヒーだけ飲んで、ナポリタンは冷蔵庫に入れるね。」


と海のお父さんはあわただしくコーヒーだけ飲んで、2階にある自宅へ戻っていった。
青島家の自宅用の玄関は別にあるので、そこからいつも外出している。