三年生前期の成績が張り出された翌日。
 私が左の頬を腫らして登校してきたものだから、王立学校は騒然となった。
 もちろん、私は前日のことを他言などしなかったが、ラインが謹慎させられていると知れ渡れば、何があったのかは自ずとわかるだろう。
 
「俺が、ラインから奪ってやろうか?」

 前日と同じセリフを、今度は真剣な顔をして言ってきたウルに、私は殊更明るい笑みを浮かべて否と答えた。
 彼の横にいたロッツに──昨日失恋したばかりの相手に、かわいそうなどと絶対に思われたくなかったからだ。

「アシェラ、何があったの!? どうして、ラインは……」
「彼が短絡的なのは、今に始まったことではないわ。気にしないで」

 険しい顔をして詰め寄ってきたロッツに、私は何でもないようにそう返す。
 昨日の放課後に彼とキスをしていた五年生の公爵令嬢が、教室の入り口からすごい形相でこちらを睨んでいた。
 これ以降、私はロッツに対する気持ちに蓋をし、友人として卒業までの時間を過ごす。
 彼の方はその後、ウルと同じように恋人を取っ替え引っ替えし、私の胸は何度も痛みに苛まれたが、平静を取り繕うのなんて簡単だった。
 だって、私はダールグレン公爵家の娘。
 望まぬ結婚も、恋を捨てるのも──それが祖国のためになるのならば、特権階級に生まれ落ちた人間にとっての責務である。
 私も、そしてラインも、どれだけ相手に不満があろうとも逃れられない。
 そう、思っていた──諦めていた。

「何もかもを捨てて、自分に正直に生きられるような勇気がないの──私は、臆病者よ」
「臆病者だったとしても、私はアシェラが好きだよ? 野ネズミの神様もそう思うって」

 鋭いところがあるスピカは私の想いに気づいていたようで、いつもそっと寄り添ってくれた。
 なお、スピカは何かと野ネズミの神様とやらを引き合いに出してきたが、彼女が仲良くしていたらしいそいつを、私は一度も見たことがなかった。