「いきなり暴力を振るうなんて……たとえ王家が相手でも、十分婚約解消を願い出ていい理由になると思うんですけどね。姉上も、それを計算していたのでしょう?」
「まったく計算がなかったと言えば、嘘になるわね。まあ、そううまくはいかなかったけれど」
「殿下を謹慎させた上、わざわざ陛下自らうちに謝りにいらしたんでしたっけ?」
「ええ。二度とあんなことはさせない、と床に額を擦り付ける勢いで謝られてしまっては、父様も陛下の面子を潰すわけにはいかなかったのでしょう」

 祭壇の向こうにいた野ネズミが、ちょこちょこと階段を降りてきた。
 しかし、私とジャック以外は壇上の茶番劇に気を取られていて、その小さな存在に気づくそぶりもない。
 野ネズミは私の足下で立ち止まると、ふいにこちらを見上げてくる。
 その深淵のごとき闇色の瞳を見返し、私の思考は再び過去へ飛ぶのだった。