「本当に、アシェラは可愛くないなっ! 僕に捨てられたら、君なんて誰にも見向きされないくせにっ!」

 この時は、我慢ができなかった。

 ここに来る少し前に、偶然見てしまったからだ。

 校舎の陰で、キスをする二人の姿を。

 才色兼備と評判の五年生の公爵令嬢と──ロッツだった。

 それは、私の初恋が静かに幕を閉じた瞬間だった。
 脳裏に焼き付いたその光景を振り払うように、私は一度ぎゅっときつく瞼を閉じる。
 そうして、再び開いた両目でラインを見据えた。

「な、何だよ……」

 とたんに、ビクリと慄いた情けない許嫁に対し、にっこりと微笑む。
 小さく首を傾げて、私は言い放った。
 
「私が可愛くしていれば──あなたの成績が、少しは伸びるのですか?」
「なっ、なな、何だと……っ!?」

 カッと顔を赤くしたラインが衝動的に右手を振り上げる。
 浅はかな相手に、私はいっそほくそ笑んだ。
 パンッと乾いた音が響き、扉の向こうで聞き耳でも立てていたのか、侍従が血相を変えて飛び込んでくる。
 私が誰かにぶたれたのは、あれが最初で最後だった。