「アシェラとラインって、許嫁なんだよね? 一緒にいるところを、あまり見かけないけど……」

 私とロッツがともに満点首位を取った、ある年の前期成績発表の日のこと。
 遠慮がちに私に話題を振ったのはマチアスだ。
 燻んだ赤毛と純朴そうな顔つきで、鮮烈な姉の陰に埋もれてしまうような印象の薄い皇子だったが、勤勉で努力家な彼も毎回成績順位表に載っていた。
 おずおずと問う相手に、私は小さく肩を竦めて返す。

「私達が生まれてすぐに、祖父同士が決めたのよ。でも、ラインは乗り気じゃないみたい」
「はあ? あいつ、何様!? っていうか、ラインなんかにアシェラはもったいないよー! いつも校庭で会う野ネズミの神様もそう言ってる!」

 私を横からぎゅうと抱き締めて言い募るのは、健康的な小麦色の肌と美しい銀髪の皇女スピカだ。
 アーレン皇国の末っ子で、七人いる兄は全員腹違いだが仲は悪くないらしい。
 母方は高名な呪術師の一族らしく、その血を濃く受け継いだスピカは、嘘か実か動物の言葉がわかるという。
 野ネズミは、ヒンメル王国の言い伝えの中では悪魔だが、彼女は神様だと言って譲らなかった。

「ラインとの婚約なんてさっさと解消してさ、アーレンにお嫁においでよ! うちの兄達の方がずーっとカッコイイんだから! アシェラを義姉様って呼びたい!」
「ふふ……ありがとう、スピカ。あなたが義妹になるなんて、とっても素敵なことだけれど……でも、王家との婚約だもの。ダールグレン公爵家から解消を申し出るのは難しいわ」
「──じゃあ、俺がラインから奪ってやろうか?」

 にやりと笑って横から口を挟んできたのは、黒髪と灰色の瞳をしたウルだ。
 成績ではさほど目立たないものの、ヒンメルの騎士団に混じって鍛錬を積み武芸に秀でている。
 何より、周囲を惹きつけ従わせる天賦の才能を持っており、学年のみならず王立学校中の注目を集めるような存在だった。
 ヒンメル王国のわずか三歳の王女まで彼に首っ丈らしい。
 とにかく、女子の間でもすさまじい人気で、入学以来恋人が途切れたことがない。現在のお相手は確か三つ年上の、アーレン皇国の公爵令嬢だ。
 そんな男の申し出に、私は胡乱な視線を返した。