「ちょっと片付けてくるね。絶対に、扉を開けてはいけないよ」

 ロッツはそう言って、馬車を降りていった。
 確か、近頃国境付近で盗賊団が暗躍しているとかなんとか父が言っていたような気がするが、運悪くそれに遭遇してしまったのだろう。
 キンとかカンとか剣を打ち合う音や、オリャーだのドリャーだの男達の怒号が聞こえてくる。
 ロッツもウルも腕に覚えがあるようだし、あのケットとかいう凄まじい面構えの御者も只者ではなさそうだった。
 しかしながら相手の数が多いのか、なかなか決着がつくそぶりがない。
 私は一人馬車の中、乳母が掛けてくれたケープを握り締めて息を潜めていたが……

「私はこれから、こんな風にロッツに守られるだけの人生を送るのかしら」

 ふいに、ぽつりと自分の口から溢れ出したそんな言葉に、ぞっとした。
 私は、ロッツのような天才ではないし、ウルみたいに周囲を惹きつけ従わせる天賦の才能を持っていない。
ケットのような屈強な身体でもない。
 今出ていったって、きっと足手まといになるだけだろう。
 けれど……

「私はずっと、対等でありたかった。ロッツとも、ラインとも……」

 ヒヒンと馬のいななきが聞こえる。
 それに交じって、カリカリと何かを引っ掻くような音が耳に届いた。
 はっとして顔を上げた私は、思わず座席から腰を浮かせる。
 カーテンの隙間から、黒々としたつぶらな瞳が覗いていたからだ。

「まあ……あなた、ついてきたの?」

 よっ。
 などと言って、窓の向こうでちっちゃな片手を上げたのは、紛れもない。
 あの、黄金色の毛並みをした野ネズミだ。
 野ネズミがよっなんて言うわけも、片手を上げて挨拶するわけもないので、やっぱり私は凄まじく疲れているのだろう。
 そんな中、何やら野太い悲鳴がいくつも上がり、居ても立っても居られなくなる。
 私は自分の荷物から取り出したあるものを握り締め、ついに馬車の扉を開いた。