「ヒンメルの未来を担うのは、ラインとアシェラではない。オリビアとジャックだ。アシェラはもう──ヒンメルに必須の存在じゃないんだよ」


 私は、たまらず両目を瞑った。
 本当は、うすうす気づいていたのだ。
 ただそれを認めることが辛くて、悔しくて、ずっと気づかないふりをしていた。
 ジャックは生まれながらの天才で、私は努力に努力を重ねてようやく秀才と呼ばれるまでに這い上がった凡人。
 その違いには、天と地ほど差がある。
 ジャックがいれば、私はいらない。
 私の努力を、祖国はもう必要としていない。
 これを認めた瞬間、私は本当の意味で自由になったが、同時に心にぽっかりと大きな穴が空いた気分になった。
 生きていくためには、きっとこの穴を何かで埋めなければならないだろう。
 そんなことを考えながら目を開けて──ぎょっとした。

「……どうして、ロッツが泣くの?」
「僕にこんなことを言わせるなんて……アシェラはひどい」

 目の前のロッツの頬が濡れている。
 綺麗な菫色の瞳からは、次から次へと雫が溢れてきた。
 大の男がこんなにボロボロと泣いていることに、私は呆気に取られる。

「言いたくなかった──気づかせたくなかったんだ。アシェラを、悲しませたくなかった。君の誇りを、傷つけたくなかった!」

 ロッツは膝の上の私をぎゅうぎゅうと抱き締め、グスグスと鼻を啜りつつ震える声で言った。
 その背中を宥めるように撫でながらも、この涙も計算なのかしら、とどこか冷めたことを考えている自分いる。
 祖国に必要とされなくなった私は、これからこんな風に、ロッツに同情されつつヴィンセントで生きるのだろうか。

(虚しい……)

 一つ、大きくため息をついた時だった。

「──わっ!?」

 つんのめるようにして、馬車が急停止する。
 さっと険しい表情になったロッツが、車窓のカーテンの隙間から外を覗いた。
 夜の闇に沈んで、私の目には何も見えなかったが……

「──盗賊団だ」

 潜めた声で、ロッツがそう呟いた。