ヒンメル王立学校に受け入れられるのは満十歳になってからだ。
 留学生達はそれまで自国で基礎学習を終え、満を持して入学してくる。
 そうして、一年生前期の終わり──私は生まれて初めて、敗北を経験することになった。

「……二位」

 入学して最初の試験において、不覚にも首位を逃してしまったのだ。
 王立学校では試験の度、各学年の成績優秀者上位二十名の名前と点数が張り出される。
 そんな順位表を前に、私はこの時、しばし固まって動けなくなった。
 だって、まったくもって予想外の出来事だったのである。
 何なら、今回はいつもよりもよくできた、くらいに思っていたのだ。
 しかし、首位の者は全教科満点で、私との点数差は五点だった。

「何がいけなかった? 何が足りなかったの? ──くやしい」

 その日は、どうやって屋敷に戻ったのかも覚えていない。
 ラインに何やら鼻で笑われたが、順位表に名前が載りさえしていない彼にどうしてバカにされたのかはまったくもって意味がわからなかった。
 とにかく、首位を取れなかったことが悔しくて悔しくて、ジャックに当たり散らし、それを父に叱られ、母や乳母の胸で散々泣き喚いてようやく、自分に慢心や驕りがあったと認めた。
 私は、井の中の蛙であったことを思い知ったのだ。
 それと同時に、自分を負かした相手に強い興味を抱くようになった。

「──ロッツ・フェルデンさん、あなたの勉強の仕方を盗み見ようかと思ったけれど、こそこそするのは性に合わないから堂々と拝見してもいいかしら?」
「ロッツって呼んでよ。僕も、アシェラって呼んでいい? ええっとね、僕もコソコソされるより、堂々と見られる方がいいかな」

 相手は、隣国ヴィンセント王国の名門フェルデン公爵家の一人息子ロッツ。
 さらさらのブロンドの髪と菫色の瞳をした、びっくりするくらい可愛い子だった。
 いきなり声をかけてきた私に驚いたようだったが、すぐにはにかんで受け入れてくれた。
 父親同士がかつてヒンメル王立学校で机を並べた仲だったこともあり、彼とはこれをきっかけに意気投合。
 ロッツの幼馴染でもあり、こちらも父親同士が仲のよかったヴィンセント王国の王子ウル、北の大国ヴォルフ帝国の皇子マチアス、さらにヴィンセント王国とは反対側でヒンメル王国と国境を接するアーレン皇国の皇女スピカも加わり、私達五人は卒業まで行動をともにするようになった。