婚約破棄後に好きだった人から求婚されましたが、もう手のひらの上で踊らされるのはごめんです

「……は?」

 今度は私が間抜け面をさらす番だった。
 対して、ジャックはひゅうと口笛を吹く。
 父の表情はベランダからぶら下がる私の角度では見えなかったが、おそらく呆気にとられているだろう。
 しかし、ロッツはそんな私達の反応にも構わず続ける。

「この大陸のどこを探しても、アシェラほど美しく、賢く、何より愛おしく思う人はただ一人としておりませんでした!」

 私は、カーテンのロープを両手でぎゅっと握り締めた。
 ロッツはなおも続ける。

「僕の忠誠心はウルに捧げてしまいましたが、それ以外の心は何もかも生涯アシェラに捧げると、この場にいる全ての人に誓います!」

 ロッツの後ろで両腕を組んで傍観しているウルの姿も、騒ぎを聞きつけてあちこちに灯された明かりによって浮かび上がる。
 次期ヴィンセント国王は顔つきも体つきも随分と精悍になり、すでに王の風格を携えていた。
 かつてはお人形さんのように愛らしかったロッツも中性的な印象が弱まり、洗練された大人の男性の雰囲気を纏っている。
 二人とも、身分を隠して旅をしていたためか服装こそ簡素なものだが、只者ではないのは見るものが見れば歴然としているだろう。
 この四年、彼らが物見遊山をしていたわけではないことが、ひしひしと伝わってきた。

「もしもこの言葉を違えたならば、あなた方は僕に石の礫をぶつけるがいい!」

 なんだなんだと使用人達が庭に集まってくる。
 彼らを見回し、ロッツが息もつかせぬ勢いで捲し立てた。

「ええ、万が一、億が一にもありえませんが、僕が血迷ったならばどうぞ殺してください! アシェラを裏切った生き恥を晒すくらいなら、めちゃめちゃのぐちゃぐちゃのやばやばになって死んだ方がましだ!」

 とにかくめちゃくちゃな言葉が、ダールグレン公爵邸全体に響き渡るように宣言される。
 人々は呆気に取られ、しんと静まり返った。
 ごくり、と誰かの喉が鳴る音が、いやに大きく響いたような気がした。
 その瞬間、ロッツはカッと両目を見開く。

「でも、今は生きたい! だって、アシェラが好きだもん! 大好きだもん!!」
「……っ」

 もんって何だ、と突っ込む者は誰もいない。
 誰も彼も、ダールグレン公爵邸ごと、突然の告白劇に圧倒されてしまっている。
 ロッツは、満を持して叫んだ。



「──アシェラ! 僕と! 結婚! して! くだ! さいっっっ!!」



 あいにく、私とロッツはただの一度も恋仲になったことはない。
 私は彼に想いを告げなかったし、彼からも何も匂わされたことはないのだ。
 私達は、切磋琢磨し合える親友のはずだった。
 ずっとそうだったじゃないか。
 こちらの気も知らずに、他の女の子達と散々付き合っておいて、今更何だ。
 などと、いろいろと言いたいことはある。
 しかし、結局私の口から出たのは、こんな一言だった。



「重いわ」


 
 その瞬間──ブツッという音とともに、私の体重を支えていたものがなくなった。
 カーテンのロープがちぎれ……いや

「突然の、裏切り……」

 ベランダの柵から顔を出していた野ネズミが、それを噛み切ってしまったようだ。
 宙に放り出された私は、恨みがましく相手を睨み上げる。
 背中を押してやったんじゃい!
 などと言い返してきたような気がしたが、野ネズミがしゃべるわけがないのでやっぱり気のせい、あるいは私が相当疲れているのだろう。

「──アシェラ!!」

 カーテンのロープと一緒に落ちてきた私を、ロッツが無事受け止めてくれた。
 庭に集まった使用人達がわあああっと歓声を上げ、盛大な拍手が沸き起こる。
 何しろ、つい三日前に一方的に婚約を破棄され、傷心のあまり自室に閉じこもっていた──ということになっている私に、突然訪ねてきた隣国の超名門公爵家の跡取り息子が熱烈な求婚をしたのだ。
 私を案じ同情してくれていた彼らが、盛り上がらないわけがない。
 おめでとうございます! お喜び申し上げます! とあちこちから祝福の声がかかった。中には涙ぐむ者までいる。
 私自身も、そして父も、ロッツの申し出にまだ何も答えを返していないというのに、ダールグレン公爵邸はすでにお祭り騒ぎの様相を呈していた。
 ロッツも、私を抱いたまま下ろそうとしない。
 それどころか、私をぎゅうと抱き締めて言うのだ。
 
「アシェラ、僕とヴィンセントに行こう」

 そんなロッツの肩越しにウルと目が合った。
 ニヤリと笑ったその顔に、かつての少年っぽさが垣間見える。
 裏表のない彼からロッツに視線を戻し、私はゆっくりと口を開いた。
「いや」
「……っ」
「って言ったら、どうする?」
「いやって言っても、このままさらっていく。僕はもう、君から離れたくないんだ」

 幼子が駄々を捏ねるような物言いながら、こちらの表情には幼さの片鱗もない。
 四年ぶりの相手の顔をまじまじと眺めてから、私は小さく肩を竦めた。

「残念ね。私、これから一人旅に出る予定なの」
「一人旅……?」

 ロッツの秀麗な眉がピクリと震える。

「まず、アーレンへ行ってスピカに会うでしょ」
「だめ」
「そのあと、ちょっと遠いけれどヴォルフにまで足を伸ばして、マチアスにたかろうかと思うの」
「だめだよ」

 さらに続けようとする私の言葉を、ロッツはきつく抱き締めて遮った。

「一人旅なんて、だめに決まっているでしょ? アシェラはこんなに可愛くて美しくて魅力的なんだよ? 君を放っておけるほど、世の野郎どもが枯れているわけないでしょ!?」
「でも、男のふりをするのよ。まずは髪を切って……」
「髪を切って男のふりをしたからなんだって言うの! 僕がモブ男だったら、君が男に見えようと、もしも実際に男であったとしても、絶対に声をかけている! 絶対! 絶対に、だっ!!」
「……そうかしら」

 耳元でキャンキャンうるさく吠えるロッツから目を逸らし、私は屋敷を見上げた。
 使用人達が持ち寄った明かりに照らされているせいで、庭を見下ろしている者達の表情もよく見える。
 ベランダの手摺りに頬杖を突いたジャックはニヤニヤとして、私ではなくおそらくロッツを眺めている。
 父は穏やかな笑みを浮かべているが、どうせ心のうちは私ごときには悟らせないだろう。
 その後ろからそっと顔を出した母とだけは目が合った。
 彼女が慈愛のこもった眼差しをして、小さく一つ頷く。
 最後に、私は自室のベランダに目をやり──

「……アシェラ? 今、誰に手を振ったの?」
「小さなお友達、かしら」

 ベランダの柵の隙間から、手を振っている野ネズミに応えた。
 野ネズミが手を振ってくる幻覚が見えるだなんて、私はいよいよ疲れ切っているのだろう。
 そんな自分も、この状況も、だんだんとおかしく思えてくる。
 私はくすくすと笑いながら、何やら面白くなさそうな顔しているロッツの頬をペチペチ叩いて告げた。
 

「行くわ──ヴィンセントに」


「──どうぞ、ごゆっくり」


 ニヤニヤしながらそう言って、ウルが馬車の扉を外から閉めた。
 前には、黒毛の馬が二頭。
 ヴィンセント王子を祖国へと護送するための馬車なのに、肝心の彼は私とロッツを二人きりにするために御者台に座ると言う。
 
「ケット、酒」
「私は酒ではないですし、酒があったとしても殿下には一滴たりとも飲ませませんので」
「は? どういうつもりだ?」
「峠を越えたら、殿下に御者を代わってもらうつもりですけど? 飲酒運転、ダメ、ゼッタイ!」

 御者はケットという名の、すこぶる厳つい顔つきをした若い男だった。
 古くからヴィンセント王家に仕える軍人一家の出らしい。
 その、主人を主人とも思わぬ物言いといい、気合が入っているのは面構えだけではなかった。
 その後も、御者台の方からは彼とウルの軽妙な掛け合いが聞こえてくる。
 私はそれにくすりと笑ってから、向かいに座ったロッツを見た。

「ちょうど、ヴィンセントに戻るところだったのね」
「そうなんだ、陛下に……ウルの父上に呼び戻されてね。アシェラの婚約破棄のことは、途中でスピカが教えてくれたんだよ」

 スピカにはまだ婚約破棄の事実を連絡していなかったにもかかわらず、彼女は野ネズミの神様が知らせてきたと言ったらしい。
 まさか、大聖堂からついてきたあの野ネズミが、仲間に伝言でも頼んでくれたのだろうか。摩訶不思議なこともあるものだと思っていると、向かいから伸びてきたロッツの右手が、膝の上に置いていた私の両手の上にそっと重なった。
 
「アシェラには悪いけど、僕にとっては一世一代の好機だった。君に告白するなら、今しかないって──」

 随分と男らしい大きな手である。
 自分のものとはあまりにも違うそれを、私はしばし無言のまま見下ろしていた。
 そんな私を、ロッツもじっと見つめている気配がする。
 今宵このままロッツとともにヴィンセントに行くと宣言した私を、父は止めなかった。
 異国の公爵家同士の婚姻ともなれば、準備も体裁も十分に整える必要があるだろうに、ラインとのことを負い目に感じている父は私の意思を尊重してくれたのだ。
 嫁ぎ先であるフェルデン公爵家当主が、父自身の旧知であることも大きいだろう。
 そういうわけで、ロッツに抱かれたまま一人旅用の荷物だけ持って出発しようとしたところに、息を切らした乳母が駆け寄ってきて手製のケープを羽織らせてくれた。
 彼女は一度ぎゅっと強く私の手を握り締めてから、お嬢様をどうかお願いします、と深々とロッツに頭を下げたのだった。
 嘘偽りない愛情が編み込まれたケープが、今も私を包み込んで守ってくれている。
 それに勇気づけられるようにして、私はようやく顔を上げた。
 そうして、にっこりと微笑んで言う。

「ロッツは、大嘘つきね」
「……えっ?」

 とたんに固まった彼の下から右手を引き抜いて、私はその胸ぐらをつかみ上げた。
 綺麗な菫色の両目はぱちくりしているが、その奥は冷静にこちらの出方を観察している。
 私は、自分がそれに怖気付く前に、一気に核心を衝いた。
 

「すべては、あなたの計画通り。私もラインも、この十年、あなたの手のひらの上で踊らされていたのね──ロッツ・フェルデンさん?」


 最初にロッツの行動に疑問を抱いたのは、四年前──ナミが現れた時だった。
 私とウルは彼に誘われ、異世界から来たというナミに会いに行ったわけだが、彼女はその時ロッツの名前を知っていた。
 つまり、彼らはすでに面識があったのだ。

「ナミは〝摩訶不思議な光る板を持って現れただけの異世界人を自称する只人〟だった。ウルと引き合わせるに値する人材ではなかったわ。あなたは彼女と先に会って、それを確認したはずよ」

 それなのに、どうしてロッツはウルを会わせたのか?

「あなたがナミと本当に会わせたかったのは、ウルじゃない。ウルの行くところにならどこへでもついて行きたがったオリビア王女と──そして、私を会わせたかったのね」

 オリビアがナミを嫌うであろうことも、ナミが私を敵視するようになることも、ロッツは確信していたのだろう。
 ──性悪王女と悪役令嬢に寄ってたかってイジワルをされる可哀想なワタシ!
 そう、ナミが自分の状況を脚色することも、彼は分かっていた。
 明確な敵を持ったナミは、自分をちやほやする大聖堂とラインにどんどんと依存していく。
 聖女に選ばれた自分に酔うラインの心もますます私から離れていった。

「そもそもおかしいのよね。聖女なんてもの、ヒンメル聖教の経典にはどこにも載っていないの。それなのに、どうして大聖堂がナミにそう称することを思いついたのか……」

 ところで、ラインとの婚約破棄から三日が経ったが、その間、傷心のあまり自室に閉じこもったことになっている私を見舞った者が何人もいた。
 大司祭もその一人だ。
 一気に老け込んだ様子の彼を手厚くもてなしつつ、私は問うた。
 いったい誰が、最初に〝聖女〟なんて言葉を持ち出したのか、と。
「大司祭様は、ロッツだと言ったわ。ナミが現れたその日のうちに会いにきたロッツが、〝異世界から聖女が遣わされたのかな〟って呟いたんですって。あなた、覚えはある?」
「どうかなぁ。そんなどうでもいいこと、覚えてないかも」

 とぼけるロッツを一睨みして、私は続ける。

「あなたの行動が怪しいと思うようになったとたん、他にもひっかかることがいくつか出てきたのよね」

 私はここでロッツの胸ぐらを離したが、すかさずその手を握られてしまった。
 彼はそれに唇を寄せながら、美しく微笑んで首を傾げる。
 
「へえ、例えば?」
「そう、例えば──私が、ラインに引っ叩かれた時」

 とたん、わずかに強ばった目の前の顔に、私も微笑み返して続けた。

「侍従がすぐに飛び込んできたのよ。いつもはそんなことしないのに、あの時に限ってどうして扉の外で聞き耳を立てていたのか……思い返すと不思議なのよね」

 国王陛下も、この三日の間に私を訪ねてきていた。
 私とラインの関係がもはや修復不可能と悟った陛下は、これまでの彼の心ない行いを詫び、父の請求通りに慰謝料を支払うと約束してくれた。
 そんな彼に、ちょうど件の侍従が随行していたため、私はこっそり当時のことを尋ねたのだ。

「彼もね、ロッツに言われたのですって」

 そう告げても、目の前の相手が焦る様子はなかったが……
「今日はラインの虫の居所がよくないから、取り返しのつかないことにならないよう注意しておいた方がいいよって。実際に虫の居所がよくないのは私の方だったけれど……あの日、私がラインにぶたれることも、あなたの想定内だったのね?」
「──ちがう!」

 ここで、ロッツは初めて声を荒げた。
 一瞬口を噤んだ私に少しだけばつが悪そうな顔をして、ちがうよ、と繰り返す。

「あんなことになる前に止めさせるために、わざわざ忠告したんだ。ラインに嫌がられても同席しろって言ったのに、あの侍従ときたら……。僕は誓って、君に痛い思いをさせる気なんて、なかった」
「そう、じゃあ──」

 私はロッツの手を乱暴に振り払い、静かに問うた。


「私に、上級生とキスしているところを見せたのも、わざと?」


 ロッツは一瞬きょとんとした顔をした。
 かと思ったら、にっこりと微笑んで答える。

「そのつもりであそこにいたわけじゃないけど、君に見られたことには気づいていたよ。アシェラが嫉妬してくれて、うれしかったなぁ」
「最低……私があの時、あなたを好きだったことにも気づいていたのね?」
「うん、もちろん。アシェラが僕を好きになるのは真理だよ。だって、僕がそうなるように仕向けたんだもん」
「人の心をなんだと思っているのよ……」

 腹を立てたら負けだと分かっていても、どうにもムカムカとしてしまう。
 私は余裕のない表情を見られまいと顔を背けようとしたが、ふいに伸びてきた手にそれを阻まれてしまった。
 ロッツは両の手で私の頬を包み込むと、お互いの鼻先がぶつかり合うくらいにまで顔を近づけて言う。


「言っておくけど──僕が先に、アシェラを好きになったんだからね?」
「……え?」


 思いも寄らない言葉に、私は視線を上げる。
 とたん、菫色の瞳に全てを絡め取られてしまった。
「忘れもしない、あれは王立学校に入学して最初の成績発表の日──生まれて初めて敗北を味わった君の、愕然とした顔を見た時だよ」
「……最低なんですけれど」
「その綺麗な青い目を見開いてね、顔色は真っ白だった。泣いちゃうかなってドキドキしながら見ていたんだけど……君は、泣かなかったね。代わりに唇を噛み締めて、顔をぎゅっと顰めたんだ。なんて可愛い子なんだろうって、僕はその時、雷に打たれたような心地がしたんだよ」
「あなた、意地が悪いわ」

 不貞腐れた私にふふと笑うと、ロッツは今度は私を膝に抱き上げてしまった。
 いきなりのことに抗うことも忘れて固まった私を、幼い子をあやすみたいにゆらゆら揺らしながら続ける。

「どうやってお近づきになろうか策を練ろうとしていたら、翌日、君の方から話しかけてくれたんだもん。それはもう、天にも昇る気持ちだった。絶対この子と結婚しようって、その時決めたんだ」
「私の意思などお構いなく?」
「そんなことはないよ。単に、君も僕と結婚したいと思ってくれるように、誘導する気だっただけ。まあ、洗脳でもいいけど」
「こわ……」

 私は、ロッツのことを大きく誤解していた。
 私もロッツも天才ではなく、ともに血の滲むような努力をした上で、毎回首位争いをしていると思っていた。
 お互いの痛みがわかる、切磋琢磨し合える尊い存在──そう思っていたのだ。
 けれども違った。
 ロッツは、私とは違う。
 彼は、天才だ。
 そして、それを隠していた。
 では、なぜそうとわかるのかというと──彼の他にもう一人、身近にいるからだ。
 私が逆立ちしたとしても、絶対に敵わないような、天才が。
「ジャックには、概ね悟られているとは思っていたよ。ただ、彼もアシェラとラインの婚約が気に入らないみたいだったから、僕のやり方を黙認してくれると高を括っていたんだけどね」
「ジャックは、自分からは何も言及してこなかったわよ。私の答え合わせに付き合ってくれたり、気まぐれにヒントをくれたりはしたけれど」

 三つ下の弟ジャック。
 彼は、ロッツと同じ天才だった。
 王立学校時代は十二回の試験全てで満点首位を独占し、卒業した現在は国王陛下の補佐をする片手間で、王女オリビアの家庭教師まで務めている。
 飄々としているように見せかけて、人の心を容易く意のままに操って支配する。
 ジャックは間違いなく、ヒンメル王国の未来を背負う人間だった。

「ロッツだって、本当は全期満点首位を独占することは容易かったでしょうに。それなのに、どうして四回も私に勝たせたの?」
「だって、戦友だって思ってもらわないと、アシェラは僕を受け入れてくれなかったでしょ? 君の悔しがる顔も可愛いけど、喜ぶ顔はもっとずっと可愛いって知っていたからね」
「勝たせてもらったとも知らずに喜んでいた私を、ばかにしていたんでしょう?」
「アシェラをばかにしたことなんて、一度もないよ。いつだって一生懸命な君を尊敬していたし、君とともにあれた日々は今も僕の宝物だ」

 そんなのうそだ、と吐き捨ててやりたくなった。
 けれども思い止まったのは、ロッツと私の関係を、私とラインの関係に置き換えて想像したからだ。
 ラインもかつて、私がよい成績を収める度に、凡庸な自分をばかにしているのかと詰った。
 あの時、少しもそんなつもりはなかった私には、彼の気持ちが理解できなかったが……

「ラインも、きっとこんな気持ちだったのね」

 私は、祖国のために努力をして結果を残しているだけであって、自分と彼を比べて優劣をつけたことなんて一度もなかった。
 しかし、ラインはそう思わなかった。
 私に嘲笑われているだろうと勝手に腹を立て……そして、ひどく傷ついていた。
 私は彼と同じ立場になって、やっとそれに気づけたのだ。

「ラインに私の気持ちなんてわからないって思っていたけれど、私だって彼の気持ちをわかろうとはしなかった」
「ラインの話ばかりするの、やめてよ」

 不貞腐れた顔をしたロッツが、手のひらで私の口を塞ごうとしてくる。
 彼のこの嫉妬が本物なのか演技なのかは、私には判断がつかない。
 けれども、もとよりロッツの気持ちなど慮るつもりもないため、その手を振り払って続けた。

「ロッツも同じよ。あなたがどれだけ天才だったとしても、私の気持ちはわからない」
「アシェラ……」
「私にも、あなたの気持ちはわからない」
「アシェラ」

 ロッツから、ついに表情が消えた。
 綺麗なばかりの人形のようなその顔を、私はまじまじと見つめて告げる。

「結局、人間は自分の気持ちしかわからないということね」