「──アシェラ! 僕と! 結婚! して! くだ! さいっっっ!!」



 あいにく、私とロッツはただの一度も恋仲になったことはない。
 私は彼に想いを告げなかったし、彼からも何も匂わされたことはないのだ。
 私達は、切磋琢磨し合える親友のはずだった。
 ずっとそうだったじゃないか。
 こちらの気も知らずに、他の女の子達と散々付き合っておいて、今更何だ。
 などと、いろいろと言いたいことはある。
 しかし、結局私の口から出たのは、こんな一言だった。



「重いわ」


 
 その瞬間──ブツッという音とともに、私の体重を支えていたものがなくなった。
 カーテンのロープがちぎれ……いや

「突然の、裏切り……」

 ベランダの柵から顔を出していた野ネズミが、それを噛み切ってしまったようだ。
 宙に放り出された私は、恨みがましく相手を睨み上げる。
 背中を押してやったんじゃい!
 などと言い返してきたような気がしたが、野ネズミがしゃべるわけがないのでやっぱり気のせい、あるいは私が相当疲れているのだろう。

「──アシェラ!!」

 カーテンのロープと一緒に落ちてきた私を、ロッツが無事受け止めてくれた。
 庭に集まった使用人達がわあああっと歓声を上げ、盛大な拍手が沸き起こる。
 何しろ、つい三日前に一方的に婚約を破棄され、傷心のあまり自室に閉じこもっていた──ということになっている私に、突然訪ねてきた隣国の超名門公爵家の跡取り息子が熱烈な求婚をしたのだ。
 私を案じ同情してくれていた彼らが、盛り上がらないわけがない。
 おめでとうございます! お喜び申し上げます! とあちこちから祝福の声がかかった。中には涙ぐむ者までいる。
 私自身も、そして父も、ロッツの申し出にまだ何も答えを返していないというのに、ダールグレン公爵邸はすでにお祭り騒ぎの様相を呈していた。
 ロッツも、私を抱いたまま下ろそうとしない。
 それどころか、私をぎゅうと抱き締めて言うのだ。
 
「アシェラ、僕とヴィンセントに行こう」

 そんなロッツの肩越しにウルと目が合った。
 ニヤリと笑ったその顔に、かつての少年っぽさが垣間見える。
 裏表のない彼からロッツに視線を戻し、私はゆっくりと口を開いた。