「──アシェラぁああああ!?」


 突然、足下から名を叫ばれ、私は驚きのあまりロープから手を離してしまいそうになった。

「わっ……」
「ぎゃー! あぶないいいっ!! なにやってんのぉおお!?」

 悲鳴のようなそのひどくやかましい声は、聞き覚えのある、しかしここにいるはずのない者の声だ。
 私がなんとかロープを握り直したところ、バンッ、バンッ、と掃き出し窓を開ける音が続けて二つ響いた。
 三階のベランダに、父とジャックが飛び出してくる。
 父はベランダの柵から上半身を乗り出すようにして下を覗いているが、まだ私の存在には気づいていないようだ。
 一方、真っ先に私に気づいたジャックが、あんぐりと口を開いたのが逆光の中でもわかった。
 しかし、私は弟の間抜け面にかまっている余裕はない。
 だって……

「──ロッツ?」
「と、ウルだな。二人とも立派な青年に成長したものだ──って、アシェラ!? お前、そこで何をっ!?」
「父様のご期待に応えようと、家出を決行している最中です」
「父さんは、そんな期待をした覚えはないんだがっ!? あああ、危ないっ……」

 ダールグレン公爵家の庭に現れたのは、大陸を旅して回っているはずのロッツとウルだった。
 二人とも、私では無理だと判断した正門を乗り越えてきたのだろうか。
 父は思わぬ二人の登場に驚きつつ、さらにベランダからぶら下がっている私を見つけて飛び上がった。

「アシェラ、おい! やめなさい! ──ジャック、早く隣の部屋に行って、姉さんを引っ張り上げ……」
「ジャック、余計なことをしたらあなたの黒歴史を本にして出版するわ」
「ひー、やめてぇー、どれのことぉー?」

 などと、家族で言い合っているうちに、ロッツが私の足下まで駆け寄ってくる。
 そうして、その胸が膨らむほど大きく息を吸い込み……

 
「アシェラを──心の底から、愛しておりますっ!」


 そう叫んだ。