「好きにしていいって言ったのに……父様は嘘つきだわ」

 ビリビリという耳障りな音が響く中、私はもう何回目になるかもしれない愚痴をこぼした。
 ラインから婚約破棄を言い渡されてから、今日で丸三日。
 不本意ながら私は、ダールグレン公爵家の三階にある自室に軟禁されている。
 あの夜、一人旅に出たいという私の申し出に、父もジャックも女だから危険だと猛反対した。
 近頃国境沿いで盗賊団が暗躍しているとかなんとかうるさいので、だったら男のふりをして行くと言って早速髪を切り落とそうとすると、慌てふためいた二人は私をこの自室に閉じ込めてしまったのだ。
 
「私だって、一人で旅くらいできるわよ」

 王立学校を卒業後、ロッツとウルはヴィンセント王国に戻るのではなく、二人で大陸中を旅して回っている。
 そんな彼らから時々届く手紙を、私はこの四年間、何よりも楽しみにしてきた。
 ずっと、彼らが羨ましかった。
 私がラインと婚約していなかったら──いや、もしも男だったら一緒に連れていってもらえただろうか。
 私は、自分がまだ井の中の蛙であることを知っている。
 大きな父に守られたこの狭い井戸を出るのは、本当を言うと少し恐ろしいが、けれども婚約という足枷が外れたばかりの今しか、私は駆け出せないような気がするのだ。
 そのためには、父を説得して許しを得るか──

「いいえ、もしかしたら父様は私を試しているのかもしれないわ。本気で旅に出たいなら自力でここから抜け出してみろ、ということなのね。きっとそう、そうに違いないわ」

 そういうわけでこの日、ベランダからこっそり脱出する決意を固めた私は、部屋中のカーテンを引っ張り外してロープを作っているところだ。
 現在、時刻は午後十時。
 ジャック、乳母、母、父の順に先ほど就寝の挨拶をしにきたので、朝まではもうここを訪れる者はいないだろう。
 奇しくも今宵は新月である。私はこの闇に紛れて家出を決行することにした。
 最初に髪を切ると言ったせいか、ハサミやナイフなどの刃物を没収されてしまったが……

「あなたがいてくれてよかったわ」

 思わぬ助っ人が、代わりにカーテンに切れ目を入れてくれたのだ。
 私はその切れ目を利用して、さっきからカーテンを裂いている。
 つまり、ビリビリという耳障りな音を立てているのは、私自身であった。