この度、ラインがナミとの結婚宣言に踏み切ったのは、彼女が子供ができたかもしれないと騒いだかららしい。
 結局はナミの勘違いで、単なる生理不順だったようだが。
 しかし、ラインが私との婚約破棄を宣言した事実は、その日のうちに社交界のみならず市井にまで大きく広まってしまった。
 バザーの手伝いに訪れていた多くの一般市民も、あの茶番劇を目撃していたからだ。
 ついでに、彼らの前を通り過ぎて大聖堂を後にする際、私が目一杯悲しそうな顔を作ってジャックに肩を抱かれていたものだから、ダールグレン公爵家には多くの同情の声が集まった。
 
「──すまなかった」

 そして、この日の夜。
 屋敷に戻ってきたダールグレン公爵は、娘である私に頭を下げた。
 私は、そんな父を見下ろし……

「ジャック、ほらご覧なさい。父様のつむじなんてなかなか見られないわよ」
「本当ですねー……あっ、ちょっと、父上? よく見たら、二つもつむじがあるじゃないですか!」

 ジャックと二人、目の前の渦巻をつんつんした。
 心労の絶えない立場にありながらこんなに髪がフサフサの父は、きっと心臓にもボーボーに毛が生えていることだろう。

「アシェラ……ジャック……?」

 子供達との温度差に、いつも澄ました顔をしている父が戸惑う。
 してやったり、と私もジャックもとたんに気分がよくなった。

「つむじって遺伝するんですかねー。ねえ、姉上。僕は? 僕はいくつあります?」
「どれどれ……あら、あなたも二つよ。じゃあ、私は?」
「えーっと……ああ、残念。姉上は一つですねー」
「……別に、残念なんかじゃないわよ」

 などと姉弟できゃっきゃしていると、ばっと顔を上げた父がいきなり私を抱き締めた。