「姉上! 僕の大切な姉上! このような酷い仕打ちを受けてもなお、彼らの幸せを願うなんて!」

 芝居がかってそう言ったジャックは、目元を拭うそぶりをしながら続ける。
 なお、その目元はわずかさえも濡れていない。

「僕は、アシェラ・ダールグレンの弟であることを誇りに思います! ここにお集まりの皆様にも、どうか姉のこの清廉とした姿を目に焼き付けていただきたい!」

 お、おう……という感じで周囲が頷く。
 とたん、拍手が起こった。
 発端は若い司祭。大司祭の末息子で、ジャックの無二の親友だ。
 それを見た大司祭がぎょっとした顔をしたが、その他の者達が釣られるように手を叩きはじめたものだから、もう誰にも止められない。

「ああ、ありがとう! みんな、僕達の門出を祝ってくれているんだね!」
「うれしい……はるばる異世界まで来てよかった……!」

 とたんに得意げな顔をするラインとナミだが、その喜びもまた見当違いなのは歴然としていた。
 彼らへの賞賛の拍手ではなく、己とダールグレン公爵家の誇りを守った私への賞賛の拍手だ。
 それもわからぬ者達の人生は、今後陰る一方であろう。

「といいますか、そもそも聖女とは? って話ですよね。聖女なんて存在、ヒンメル聖教の経典にも出てきませんのに。存在しないはずの聖女が、ヒンメル王国のために何をしてくれるっていうんでしょうね?」
「さあ……いざとなったら、生贄にでもなってくれるのではないかしら」
「へぇ、生贄……じゃあ、それまでは生かしておいてやりますかー」
「まあ、生贄が必要になるような事態がこないのが、一番ですけれど」

 ハリボテの幸せに微笑む彼らをこれ以上見ていられなくて、私とジャックは祭壇に背を向けた。
 なぜか、野ネズミもちょこちょことついてくる。
 私達の背を追いかけてくる拍手に、ありがとう、ありがとう、とラインがまだ見当違いな礼を言っていた。
 それがあまりにも滑稽で、さすがに可笑しくなってしまう。


 突き抜けたバカじゃのぅ


 そう、足下の野ネズミまで笑ったような気がした。