「殿下! 無礼を承知で申し上げます! どうか……どうか、お考え直しくださいっ!!」
「大司祭ともあろうものが何を言う? 知らないわけではあるまい! 大聖堂の祭壇の前──ヒンメルの神の御前で宣言したことは、何があっても撤回できないんだ!」
「し、しかし……!」
「黙れ! お前、ナミの後見人のくせに、僕との仲にケチをつける気かっ!」

 大司祭は浅はかだが、ラインほど愚かではない。
 この王子がヒンメル王国を一人で背負うことも、ナミがそれを支えることも、まったくもって現実的ではない、とこの四年で思い知ったのだろう。

「王立学校を卒業して、四年。姉上がヒンメル王国をはじめ、大陸中の国々の歴史を研究し、王立学校と各国の関わり方、ひいてはヒンメル王国の今後のあり方を模索している間、あの王子はいったい何考えて生きてたんでしょうね?」
「ナミと楽しくやっていたんじゃないかしら。私としては、ラインに放っておかれたおかげで誰にも邪魔されずに研究に打ち込めて、たいそう快適でしたけれど」

 ヒンメル王国が廃れればヒンメル聖教も廃れる。これは自然の摂理だ。
 ナミを聖女として持ち上げたことも、彼女をラインにあてがったことも、失策であったと大聖堂も認めざるをえない。
 それを証拠に、大聖堂はここ最近ダールグレン公爵家に擦り寄り始めていた。
 今日、私とジャックがこうして大聖堂を訪れたのだって、年に一回ここで開かれるバザーに十数年ぶりに呼ばれた父の名代だ。
 バザーの開催を明日に控え、多くの物品と寄付を届けた私達を、大司祭は揉み手をしながら歓迎した。
 あの聖職者とは思えぬ俗臭ぷんぷんの笑顔に完璧な挨拶を返せた弟を、私はたくさん誉めてあげたい。
 そんなことをつらつらと考えていると、アシェラ、とふいに壇上から声がかかった。
 ラインに名前を呼ばれたのは随分と久方ぶりのことだが、あいにく何の感慨も浮かばない。
 それでも、はい、と私が従順そうに返事をすると、彼はなぜか勝ち誇った顔をして……

「僕を慕ってくれているアシェラには申しわけ──」
「──おかまいなく」
 
 わざわざ聞く価値もない話を始めたため、最後まで言わせなかった。
 ラインはあからさまにムッとした表情をし、彼に肩を抱かれているナミも不快そうに顔を歪めたが、私は逆にここぞとばかりに満面の笑みを浮かべる。
 そうして、大聖堂中の視線が自分に集まるのを確認してから、口を開いた。

「殿下と妃殿下に、神の御加護があらんことをお祈り申し上げます。どうぞ、末長くお幸せに」

 これには、ラインもナミも、ぽかんとした顔になった。
 ラインは私の鼻をへし折ってやろうと、こんな公衆の面前で婚約破棄劇を敢行したに違いない。
 ナミも、大聖堂からダールグレン公爵家への悪意を植え付けられていただろうし、相変わらず私自身のことを敵視していたようだから。
 ラインもナミも、婚約破棄されて打ち拉がれる私の惨めな姿を見たかったのだろう。
 見当違いな二人の間抜け面に、ジャックは隣で懸命に笑いを噛み殺している。
 かと思ったら彼が、ああ! と大仰に声を上げた。