「──で、結局あのバカ王子は、自分こそがその聖女様に選ばれた存在だと言いたいわけですね?」

 そんなジャックの呟きが聞こえて、私の意識が再び過去から戻ってくる。
 姉の私と違って天才肌の弟は、呆れ顔で続けた。

「姉上の名声が高まれば高まるほど、卑屈になってましたものねぇ、ライン殿下。自分よりバカのふりをしろって要求してきたこともあったんですって?」
「それで本当にバカのふりをするようなら、結局はその者もバカなのでしょう。私は、自分の名声のためでもラインのためでもなく、ヒンメル王国のために努力をしたんですもの」

 そして今、私はヒンメル王妃にはならない──ラインに人生を捧げないで済むことが決定した。
 私の笑顔を見るなりますます顔色を悪くした大司祭が、祭壇に続く階段に縋り付くようにして、嗄れた声で言う。

「で、殿下……恐れながら、これはあまりにも唐突なお話でございます。陛下は……父君はご承知なさっていらっしゃるので……」
「父上には、これからナミと一緒にご報告に伺うつもりだ! 将来国王となる僕が聖女と結ばれることを、さぞお喜びになることだろう!」

 それを聞いた大司祭が、喉の奥でひいっと悲鳴を上げた。
 この後ラインから、大聖堂の祭壇の前で私に婚約破棄を言い渡してきたと報告を受けた国王陛下も、同じくひいっと悲鳴を上げるだろう。
 王子の自覚がないラインの扱いに悩み、将来私が彼を支えることに人一倍期待を寄せていたのは、国王陛下なのだから。

「陛下、泣いちゃうかも……いや、禿げちゃうかもしれませんねー」
「まあまあ、お気の毒ねぇ」
「あーあ、ヒンメル王国は前途多難だなぁー」
「大丈夫よ。陛下の子供は、ラインだけではないわ」

 かつて、私を引っ叩いたことで危うく婚約解消の話が出かけたのを、国王陛下が臣下に頭を下げてまで回避したというのに、本当に気の毒なことである。
 親の心子知らずとはよく言ったものだ。
 しかし、今回ばかりは国王陛下といえど婚約解消を阻止することはできないだろう。
 観客が大勢いたのが理由ではない。
 場所が、問題だった。