*エピローグ*


新井家は、戸籍ごと抹消され誰の行方も分からなくなったと、まことしやかな噂が流れたが真実は誰にも分からず、新井家の存在は世間の記憶から自然と消えていった。

そして季節は夏に移り変わる。

「色々としんどい」
「暑さにか?」
「結衣にだよ」

アイスを齧り、トボトボと気怠げに歩きながら、朔は多駕に愚痴を溢していた。
あの日、確かに両思いにはなったし、再度告白もして貰った。
だが今だ恋人ポジションの許可が結衣から降りず、もどかしい日々を、朔は過ごしていた。
その要因の一端である阿澄に、朔は人知れず恨みを募らす。

「阿澄・・・さんが、余計な事を結衣に吹きこむからっ」

一応、阿澄の方が年上な事もあり、不本意だが「さん」を付け、文句を垂れる。
心を許しても身を許す覚悟がない内は決して恋人関係を結んではならない、と言う阿澄の教えを結衣は忠実に守っている。

「焦らなくてもいいだろ、結衣なりに準備が必要なんだよ、きっと。藤堂はこれから鈴野家で結衣と勉強か?」
「あぁ、絶対に来年は結衣達と同じキャンパスを歩く」
「ウチの特待に選ばれるのは厳しいと思うけど、まぁ頑張れ」
「そうだ、穂波、これ。やっぱさ、穂波が持ってた方がいいんじゃないかって、結衣とも相談済み。夫婦だし、二羽一緒の方が良いと思ってさ」

差し出される二羽のシマエナガのキーホルダー。
多駕はそれを朔から受け取る。
去年のクリスマスの日から行ったり来たりで飛び回されていた二羽のシマエナガ達も、ようやく特定の場所で落ち着けそうだ。

「元々それは、俺も結衣も、結羽にと思って貰った奴だからな」
「世話好きだな、お前らは」
「人の事は言えないだろ」


*****


「結衣さん、俺、そろそろ限界なんですけど、覚悟は決まりませんか?」
「決まりません、藤堂君は勉強に集中して下さい」
「癒しがあれば、もっと頑張れるんだけど」
「えっと、では気分転換に犬猫(ワンニャン)カフェにでも行きますか?」

只今、鈴野家の結衣の部屋にお邪魔させて貰い、来年の受験に向けて勉強に取り組んでいる朔。

「結衣、俺別に、セックス目的で結衣と恋人同士になりたい訳じゃないよ?」
「で、でも、藤堂君、すぐにぎゅっとか、キスとかしてくるじゃないですか?」
「結衣だって嫌じゃないだろ?」
「それは、そうですが」
「なら、そのくらいの触れ合いは許して欲しい。確かに結衣にもっと触れたい衝動は俺にもあるよ。でもそれ以上に、俺は、結衣が俺の彼女だと宣言して周囲を威嚇したい。フリーだと不埒な奴らに不埒な願望を与えて、結衣を口説かれるんじゃないかと心配になる」
「それなら心配入れません。どんなに他の方に誘われても断ってますから」
「誘われる段階で駄目だから」

朔にとって勉強も勿論大事な事柄なのだが、結衣との関係性の進展も、朔には最重要事項なのである。
結衣は元四葉女学園のクイーン、それ故に、男女年齢問わずかなりモテる。
多駕は焦らなくてもいい、と言ったが、焦らない方が可笑しい。
此処まで来て、鳶に横取りでもされたらたまったもんじゃない。