踵を返す結衣に駆け寄り、朔は背後から結衣を抱きすくめる。
簡単に抜け出せそうな緩い力。
なのに、朔の温かい居心地を知ってしまっている今の結衣には、どうしても朔を拒絶する気力が湧いて来ない。
ただ縋って、甘えたくなる衝動が沸くだけ。

「これに書かれているのは、結衣の個人情報兼、取扱説明書だよ」
「・・・」
「結衣の好きな物や嫌いな物、誕生日やら血液型、えっと、スリーサイズなんかも書かれてたな。それから、結衣の小さい頃からの自慢エピソードが大量に書かれてたり、俺が結衣に接する時の注意喚起事項なんかも厳しく書かれてたよ。このノートには、結羽の盲目的な結衣への愛情がノートの至る所に散りばめられてた。結羽のシスコンぶりに笑うしかなかったかな。俺は全部記憶したし、これは、結衣が持つべきものだ」
「・・・」
「結衣?」
「・・・エピソードって?」
「あ~、まぁ、色々?後で読んでみ」

強引に結衣の胸に押し付けられたノートを、そっと結衣は抱えた。
悲しくて泣いていた涙が、照れ臭くてこそばゆい嬉し涙に変わる。
そこには、小さな柔らかい笑みも伺い見える。

「どうやら、喜んで貰えた様だな」
「返せって言われても返しませんからね」

無事、ノートを結衣に渡せた安堵感からか、緊張の糸が解け、朔の体から力が抜け落ちる。
その脱力感に流されるまま、軽く結衣におぶさる。

「重たいです」
「少しぐらい我慢して」
「もぉ、仕方ないですね。やっぱり藤堂君は甘えん坊のワンコです」
「ストップ。結羽は許すが、結衣はワンコ扱い禁止。俺は結衣の恋人の座を狙ってる訳で、飼い主になって欲しい訳じゃない。好きだよ結衣」
「なんで今、それ言うんですか?」
「ノルマは大事だろ?杉原衣がそうだったし」
「いつまで根に持ってるんですか、意趣返しは別の方法希望です」
「頼むから、素直に俺の言葉受け取ってくんない?」
「無理、ですよ」
「俺は、鈴野結衣が好きで可愛くて甘やかして構いたくて仕方ない。俺と、恋をしよ」

身元で、わざとらしく色っぽく囁やかれる甘い台詞。
耳を塞いでしまいたかったが、上手い具合に腕ごと朔に抱きしめらているので叶わない。
結衣の涙は、こそばゆさと、胸の動悸のおかげで、既に枯れて止まっている。
朔の(もたら)す甘さに、思考も心も、ふわっと靡き、感情のままに返事をしてしまいそうになる。
けれど、朔に流されて溜まるかと、結衣は気合いを入れて言い返す。

「藤堂君、私は、結羽の想い人である貴方とけして恋仲になるつもりはありません。結羽を困らせて嫌われる所業を、私は絶対に致しません!」

その「妹の物は取りません」発言に、流石に朔も眉を顰め、首を傾げる。