*犬猫の攻防戦、決着*


待ち合わせの時間は特に決めていなかったが、結衣は早朝に恋慕小岳の秘密の寺へと向かっていた。
朔がいつ頃訪れるか分からないが、その場所でなら、結衣はいくらでも時間を有意義に過ごす事が出来る。
なのに。

「・・・今はまだ、朝方ですけど」
「おはよ」
「おはようございます」

早めに来て、心積りもする予定だったのに。
朔を見つけた瞬間、昨日の恥ずかしい自分の姿を見られた事を思い出す。
体温が急激に上昇し、朔の視線から逃れる様に結衣は顔を背けた。

「ご用事は、なんですか?」

早く要件を済ませてしまおう。
結衣は、さっさと本題に入る様に朔を促す。

「結羽の手紙、悔しいな」
「・・・藤堂君は酷いです。人の我慢を、簡単に壊さないで下さいよ」

朔に尋ねられた瞬間、ずっと堪えていた感情が弾けた。
止めどなく、湧いてくる涙。
昨日の事で一番、思い出したくない事柄だ。
手紙の内容は全て覚えてるし、結羽が残してくれた物は他にも沢山ある。
でもやっぱり、結羽が自分に宛てた最後の手紙は、何よりも代え難い大切な物だった。
結羽との絆が一つ欠けてしまった事実が悔しくて悲しい。
叶わないとしても、結羽に、もう一度会いたいと言う気持ちで胸が苦しくなる。

「代わりになるか分からないけど、これ、結衣に」

そう言って結衣に差し出されたのは、結羽が朔にと残した小鳥ノートだった。
涙を抑える事なく、結衣は怒りの籠った眼差しで朔を睨む。

「殴りますよ、藤堂君」
「怒るなって」
「それは、結羽が藤堂君に向けて書いた物です。何が綴られてるかは知りませんけど、結羽の想いが詰まった物を、簡単に譲渡しようとするなら藤堂君だって私は許しません、軽蔑します」
「そ、結羽の思いがこれでもかってぐらい書いてあったよ、それはもう余白がないってぐらい大量に」

結羽の朔への想いの多さを聞かされ、改めて自分は朔にこれ以上関わるべきではないなと結衣は思う。
昨日、藤堂朔への気持ちのブレーキーが壊れ出したのを覚えた。
完全に制御不能になる前に、朔とは縁を切るべきだ。

「要件がそれなら、私はそのノートを受け取る気はありませんし、失礼します」