「それは妬けますね。けれど、余り僕を煽る発言はしない方がいい、僕がどれだけ紳士だとしても、我慢の範囲と言うものが有りますからね。僕が優しく接してる内に、早く要件を飲んだ方が良いよ。此処に必要事項を書くだけだ、簡単でしょ?」

葉太郎は、手首を縛られている結衣の手に無理やりペンを握らせ、婚姻届を指でトントン叩き促してくる。
バキンっと、結衣はペンを折る。

「いつまで足掻いても助けは来ないよ、無駄な抵抗だって分かるでしょ。鈴野さんには何の不自由もない生活を送らせてあげるし、愛してあげる。望んだものは何だって買い与えて上げるよ」
「誰か他を当たって。私の一番の望みは、もう叶わず終わってるわ」
「妹さんの件は残念だったよね。妻になる人の事は当然調べさせて貰ってるよ、妹さんが病気で亡くなった事も勿論知ってる。僕が、その妹の変わりに側に居てあげるよ、失った寂しさを僕が埋めてあげる」

ふざけるな。
結羽の代わりなんて、誰にも務まりやしない。
立派で優しくて賢くて、周りの気持ちを尊重出来るあんな良い子、他には居ない。
大好きで、大切な可愛い妹。

「貴方みたいな最低で卑怯な男が、妹と同列な訳がないでしょ、笑わせないで」
「そんなに妹が大切?どんなに執着してもさ、死んでんだよソイツ。愛情注いだって無駄じゃないか。あ、そうだ」

葉太郎は一度その場から立ち去ると、シマエナガのキーホルダーが付いてある鞄を手に戻って来た。
そして、無遠慮に中身を漁り出す。

「鈴野さんの持ち物は、僕のコレクションにさせて貰おうと思って中を見させて貰ったんだけど、でもさ、これは要らないや」

そう言って、葉太郎が鞄から取り出したのは小鳥の絵が入った便箋。
便箋には「お姉ちゃんへ」と見慣れた結羽の文字。

「酷い妹だよね、こんな未練がましい物まで残してさ。死ぬ時は潔く何も残さず死ねっての。生きてる間も、死んでからも鈴野さんの心に居座って邪魔ばかりしてさ。鈴野さん、君はもう妹のお守りから開放されていいんだよ」

ビリビリと音をたて、便箋は二つに分かれ、更に四つ、八つと破れかていく。
それは、床へと雑にポイ捨てられた。
その瞬間、頭の靄付きも、体の痺れも・・・忘れた。