結衣は改めて自分の今を、確認する。
服は脱がされ下着姿、手首は縄で結ばれている。
足だけは拘束されていない、きっと香りの効果で立てないと分かっているのだろう。

「僕ね、鈴野さんの大ファンなんだ。君が四葉女学園に通っている時から、いづれ僕だけの物にしたくてしょうがなかったんだよね」
「で、こんな格好までさせて、暴漢でもするつもり?」
「まさか、僕は紳士なんだ。女の子を無理やり犯すなんて真似しないよ。単純に、鈴野さんの逃げる気力を削ぐ為かな。あとはまぁ、強いて言うなら鑑賞する為、思ってた通り、美しい身体だね鈴野さん」

葉太郎はニヤつき、目線を上下に動かし、舐めいるように結衣を見下ろして来る。
気色の悪い視線に苛まれ、嫌悪感で体中が拒否反応で震えた。

でもまずは冷静に分析しなくてはと、結衣は回りを伺い見やる。
先程まで自分が着ていた服は、部屋の隅で綺麗に畳まれ、置かれている。
あの男がそれをしたのかと思うと、結衣は心底気持ち悪くて吐き気を伴う。
鞄の行方も探すが見当たらない。

「そうそう、鈴野さんを今日招いた目的なんだけど、これに記入して欲しいんだよね」

そう言って目の前に出されたのは婚姻届けの紙。
ご丁寧に夫側の欄は記入済みだ。

「お断りします。私には好いた相手が居ますので」
「知ってるよ、穂波多駕でしょ。でもさ、アイツ今、穂波グループの現社長の父親と仲違いして絶縁宣言されたと噂があってさ。アイツを選ぶのは賢い判断だとは言えないよ。父親のご機嫌をとって入れば良いのに、穂波グループを敵に回そうとする馬鹿なアイツとじゃ、この先、苦慮するのが目に見えてる」
「ご心配されずとも、多駕は優秀かつ人望も厚い男です、自分から浅はかな父親に見切りを付けたんでしょ。寧ろ、頭脳である息子を手放して後悔してるのはどちらなのでしょうね。それと、勘違いされてる様ですが、私が好いている相手は多駕ではなく、別の方です」
「へぇ、アイツ以外に意中の相手が居るなんて知らなかったな。今度、紹介してよ、僕よりも美男子だったりするのかな?」

どんなに結衣が反抗する言葉や目線を葉太郎に向けたとしても、葉太郎の絶対的有利さは変わらない。
葉太郎は、強気に言い返す結衣を、愉快そうに見下ろすばかり。

「えぇ、それはもぉ、とびきり綺麗な顔の持ち主で、性格も可愛らしくて堅実で思い遣りがあって、とても魅力溢れる素敵な男の子なんですよ・・・私の、愛くるしい人」

好きな人を思い浮かべ、幸せが咲き誇る笑顔で、結衣は言い切る。
その瞬間、葉太郎の余裕綽々だった表情が微かに曇ったのを、結衣は見逃さなかった。