「・・・ん?」

ふわっとした意識の中、目が覚める。
見知らぬ部屋。
自分はどうしたんだっけ?と、結衣は記憶を思い起こす。
確か、本屋の帰りに・・・。

「気分はどう?鈴野さん。寒くないかな?」

尋ねられて気づく肌寒さ。
何故か下着姿の自分。
慌てて上半身を起こす。
急な動きをしたせいか、脳が揺れて目眩を覚える。
何故か体にもピリピリとした痺れがあり、力が入りづらい。

「まだ頭と体が言う事聞いてくれないでしょ?ウチが開発した睡眠と麻痺が起こす刺激的の香水を嗅いで貰ったからね。まだ調整段階ではある試作の香水ではあるんだけど」

にこやかな笑顔で近づいて来たのは、新井葉太郎。
以前、五葉大学の食堂で声を掛けて来た男だ。
多駕に「関わるな」と釘を刺されていたと言うのに、自分の甘さが招いた事ではあるが、まさか、こんな強固な手段に出るとは思わなかった。

「人様の親切心を利用するなんて、どういう教育を受けてきたのでしょうね」

本屋の帰りに葉太郎に声を掛けられ、例の如く食事に誘われ、勿論、食い気味に断った。
なのに、急に気分が悪そうに葉太郎がよろめき膝を突き、尚且つ、近くの車まで支えてくれないか?とまで言い出す始末。
公共の面前もあり、捨て置く訳にもいかず、言われるがままに手を貸してしまったのがいけなかった。
車まで運び終えたまでの記憶はあるが、その後の記憶がさっぱり抜け落ちてしまっている。

「上に立つ者として、良心も利用するのもまた、一つの戦略だと教え込まれていますよ」
「時に経営者には必要な事なのかもしれませんが、犯罪行為に善意を活用するなど、決して悪ふざけで許される事では有りません」
「犯罪だなんて大袈裟だな。妙齢な男女の恋の駆け引きじゃないか、ちょっと口説き方が手荒かったかもしれないけど」

すごぶる楽しそうに喋る葉太郎の言い回しに、一々悪寒が走ってならない。